武豊騎手のダービー初制覇のパートナーとして知られる
スペシャルウィークが一度だけ、他のジョッキーとコンビを組んで勝利したレースがある。それが4歳の始動戦だった99年のAJCC。手綱をとったのは当時26歳、短期免許で来日していたオリビエ・ペリエ騎手だった。
前走の
ジャパンC(3着)では、
武豊騎手が騎乗停止のために岡部幸雄騎手が手綱をとったが、この時は理由が違った。主戦が
シーキングザパールで米G1サンタ
モニカハンデキャップに遠征していたため、ペリエ騎手が代打騎乗となったのだ。
レースは道中4〜5番手を追走。直線で楽々と抜け出すと、2着の
サイレントハンターに3馬身差をつけて、単勝2.0倍の1番人気に応えてみせた。そして、さらにファンを驚かせたのは、レース後のペリエ騎手のインタビューだった。「調教に乗った時は全然手応えがなくて、“えーっ!”という感じだったんです」と半信半疑でレースに挑んでいたことを告白。その上で安どの笑みを浮かべながら、「レースが終わって、なるほど日本のダービー馬だと。これだけ走る馬で、ダービーを素晴らしい勝ち方をしているんですから、先々はどんどん勝っていく馬だと思います」と述べ、さらなる活躍に太鼓判を押した。
ペリエ騎手のコメント通り、
スペシャルウィークはその年、
天皇賞(春)、
天皇賞(秋)、
ジャパンCを制し、歴史的名馬へと上り詰めていく。ドイツの名牝
ボルジアのパートナーとして
ジャパンCに参戦したペリエ騎手は、先頭でゴールを駆け抜けたかつてのパートナーを見て、納得の笑みを浮かべたことだろう。