日々トレセンや競馬場など現場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は美浦取材班の田井秀一(30)が担当する。
根岸S(
レモンポップ)での重賞初勝利を皮切りにビッグレースを勝ちまくっている
田中博康師(37)を取材。快進撃を支える厩舎のこだわりに迫った。
走る厩舎に理由あり。今年、関東トップの
JRA重賞5勝を挙げている田中博厩舎。1月まで重賞未勝利だった新鋭厩舎、開業6年目の快進撃に何ら驚きはなかった。美しく手入れされた馬体が、美しい隊列を組んで調教馬場に入っていく。そんな姿を毎日、美浦トレセンで見せつけられているからだ。
所属馬がこれだけ走る理由は一つではないだろうが、田中博師が「こだわりを持って取り組んでいる」のが縦列調教。各馬ばらばらに調教に向かう厩舎もあるが、田中博厩舎は等間隔の“車間距離”を保ち、整然と一列で馬場に入っていく。帰り道も同様。トレーニング後のクールダウンの乗り運動でも妥協しない。「駈歩(かけあし=キャンター)は長くて3分程度。調教の大部分は常歩(なみあし=最も歩度の遅い馬の進ませ方)が占めます。もともと馬は集団で生きる動物ですし、秩序ある中できちんと常歩させることを大事にしています」。トレセン内はさまざまな目的で他厩舎の馬が行き交うため難解なシチュエーションにも遭遇するだろうが、厩舎スタッフの不断の努力もあって、一糸乱れぬ隊列が実現している。
面前に他馬がいることへの慣れは、前進気勢をためる土台を養う。あくまで記者の私見だが、同厩舎の所属馬は前向きに、でも、我慢が利いた絶妙な塩梅(あんばい)で道中をクリアしている馬が多い印象がある。
レモンポップ、
ローシャムパーク、
レーベンスティール。一見地味な日々のしつけが、彼らの華々しい爆発力の淵源ではないだろうか。
指揮官の調教方針のベースとなっているのは、騎手時代から精力的に行ってきた海外研修の経験。「エイダン・オブライエンはキャンターでもきっちり並ばせて調教している。ウチの厩舎はまだまだです」と理想は高い。一方で、「年始までは厩舎全体に重賞を勝てていないコンプレックスがあった。長く勝てない時期が続くと自分たちがやっていることが合っているのか不安になるけど、間違っていないと思えたのは大きかったです。今は少し肩の荷が下りて、気張らずに日々の調教に取り組めています」と手応えも。厩舎のミーティングも活気を帯びているそうだ。
「現状に満足することなく改良を重ねて、よりよい調整方法を模索しています」。厩舎の看板
レモンポップにしても、「
根岸Sと
南部杯ではルーティンを大きく変えている」という。37歳の若きリーダーが統率する“タナパク厩舎”はまだ発展途上。ビッグレースに期待馬が控える実りの秋、さらなる旋風を巻き起こしてくれると確信している。
◇田井 秀一(たい・しゅういち)1993年(平5)1月2日生まれ、大阪府出身の30歳。阪大卒。道営競馬で調教厩務員を務めた経験を持つ。解説を務める「BSイレブン競馬中継」の企画で、22年“
年度代表馬体”に当時重賞未勝利の
レモンポップを選出。
スポニチ