“常識”あるいは“常道”というものに、皆さんは従う方だろうか、逆らうタイプだろうか。そんなことを深く考えさせられたのが01年
エリザベス女王杯、
トゥザヴィクトリーの勝ちっぷりである。
エリザベス女王杯に臨む前、つまり前走は、あのドバイワールドC。しかも
キャプテンスティーヴの2着だった。逃げて、粘って、懸命につかんだ日本馬による同レース初めての連対だ。
11年にオールウェザーコースで
ヴィクトワールピサが勝ち、今年はついにダートの舞台で
ウシュバテソーロが快勝。今や、チャンスが十分にある舞台となっているが、当時は日本勢にとって相当な難関だった。
その大舞台で逃げて2着だった馬の次走。皆さんなら、どう乗るか。半数以上の方は「今度も逃げる」と言うはずだ。だが、
武豊騎手は違った。「勝つには後ろから」と結論づけた。若いファンに分かりやすく言うなら、
パンサラッサで差す競馬を目指した、といったところか。
武豊騎手鞍上の
トゥザヴィクトリーは7枠13番からのスタート。行く気は全くなく、外から前を取りに行く馬たちを悠々と行かせ、自分は馬群から離れた外へ。スタンドの近く、10番手付近に陣取り、先行勢を高みの見物と決め込んだ。
向正面。
ヤマカツスズランと
タイキポーラが2頭だけ、はるか前方へ。やり合う形でペースが上がり、11秒台を2度も道中で刻んで1000m通過は58秒5。明らかに厳しい流れとなった。逃げなかったことで
トゥザヴィクトリーは激流に巻き込まれるのを未然に回避した。
3角を過ぎての下り。まだまだ
武豊騎手は動かない。山場はまだ先なのだ。
前を行く馬たちがスピードを失い、後方勢が急速に接近する。
武豊騎手は、まずは
ティコティコタックに馬体を併せて闘志を引き出した。これを振り切ると、続けざまに
桜花賞、
秋華賞の2冠馬
テイエムオーシャンと馬体を併せた。懸命に脚を繰り出す2頭。息を吹き返した
ティコティコタックが迫る。大外からは
ローズバドが飛んできた。それでも…ゴール前では
武豊・
トゥザヴィクトリーが鼻差、先着していた。
「今日はちょっと違うレースができたね」。
武豊騎手の言葉には実感がこもっていた。あの
トゥザヴィクトリーが“差し切って”優勝したことに殴られたような衝撃を受けた筆者に、
武豊騎手は“優勝への思考過程”を丁寧に教えてくれた。
メンバーを見て、熟考した結果、「必ず前が速くなる」と結論づけたという。馬と騎手。その特徴や騎手の性格を考え抜いた結果だ。ラ
イバル14騎手は弟・幸四郎を筆頭に12人が関西。関東から来ているのは同期・蛯名正騎手と、仲のいい横山典騎手の2人。性格の全てを知り抜く14人が相手だった。予想通り、ペースは速くなり、後方にいた
トゥザヴィクトリーには、おあつらえ向きとなった。
ただ、得意の走法(逃げ)を捨てるからにはリスクもある。
トゥザヴィクトリーは「気性が激しく、道中で引っ掛かって消耗しやすい」、「ゴール前で気を抜く」という2つの弱点があった。これをクリアする必要がある。
スタート後、馬群から離れたのは、気持ちを落ち着かせるためだった。1角まで力むことが多かった
トゥザヴィクトリーだが、これで折り合いがついた。
直線で何度もラ
イバルに馬体を併せたのは、気を抜かせないためだ。
ティコティコタックと
テイエムオーシャン。G1馬2頭に併せられては
トゥザヴィクトリーも気を抜くひまがない。
武豊騎手の誘導で全力を出し続けているうちに、先頭でゴールを駆け抜けていた…というわけだ。
まさに
武豊騎手だけにしかできない“神騎乗”だが、こういう時こそ控えめなのが同騎手。「今まで失敗というか、僕が御し切れないレースが多かった。やっとG1をプレゼントできたよ」と謙遜した。だが、別の騎手が、いかにこれが凄い騎乗だったかを横から教えてくれた。「この1、2着はね、騎手の腕の差。やっぱり
武豊だよ」。2着
ローズバドの横山典騎手だった。
スポニチ