デイリースポーツ
中央競馬担当のルーキー小田穂乃実記者が牧場取材初体験。滋賀県甲賀市にある「キャニオン
ファーム土山」に、スポーツ紙として初めて潜入した。23年春に開場した栗東トレセンの新たな“前線基地”で体当たり取材を敢行。その魅力や強みに迫った。
「え、牧場ってこんなにきれいなところなの…?」。栗東トレセンから車で約40分。大きくて存在感のある鉄格子の門を抜けた先に広がる、目の前の景色に衝撃を受けました。昨年の5月1日に開業した、新進気鋭の『キャニオン
ファーム土山』。“キャニオン”という名の通り、岩場を切り開いて造られており、自然に囲まれた、空気の澄んだ場所にありました。
最初に出迎えてくださったのが事務長の谷口慎介さん。「オーナーは株式会社室田というウッドチップを製造する会社です。チップはトレセンでも使っていただいています。馬の育成も手掛けたいという思いからこの牧場ができました。この立地なので風通しが良く、夏場でもかなり涼しいです」。暑さが苦手な馬にとって、夏は過酷。ここだと北海道に行かなくても、夏バテや熱中症を恐れずに快適な環境で調教を行うことができます。
まさにトレセンの前線基地。そして本当に足音しかしないと言っても過言ではないほどの静寂。馬房から顔をのぞかせるどの馬も、穏やかな表情で、とても落ち着いているように感じました。4〜5年という長い月日をかけて構想し、総工費は約60億円。最大280頭を管理することができ、現在は125頭の馬を預かっているそうです。
この日の調教は午前6時半から11時まで。夏場だと、4時半〜5時の間にスタートして、大体10時ごろまで行われています。観覧棟からは坂路やコースでの調教が一望でき、私が到着した午前8時半には多くの馬が、意気揚々と体を動かしているところでした。
ベランダに出ると、駆け上がる馬の“ハッハッ”という息の音が聞こえるほど、近くでじっくり見ることができる『坂路』に、この牧場で一番の魅力が隠されていました。
「距離900メートル、幅9メートル、そして高低差が約45メートル、勾配が6%です」
栗東トレセンが高低差33メートルで勾配が3・5%だから…とてつもなく急なのでは!?「初めて上る馬は1本だけでも、ゼエゼエ言っています。ラスト1F13秒台で上がってきたらしっかり負荷がかかっている状態。心肺機能を高めることができます」と谷口さん。カーブがあることで、集中力を切らすことなく走ることができ、手前を変える練習もできるそう。私も坂路ダッシュに挑戦させていただきましたが…5秒でギブアップ。しっかり足を上げて走らないと、もつれてしまい、思うように前に進めませんでした。
約20センチの深さのウッドチップにも工夫が隠れていて、バーグと呼ばれる粉々になった古いチップを上に敷き、新しいものを下に敷くことで、浸透性が良くなり、雨の日でも水はけがかなりいいのだとか。あらゆる工夫をして、万全な状態で調教に臨めるようにされているのですね。
奥に進むとレンガ造りの厩舎が並んでいます。もともと牧場で働かれていた3人の厩舎長が、担当厩舎を取りまとめていらっしゃいます。その中でも、出口祐介厩舎長が代表として牧場全体をまとめています。出口さんは以前、北海道のケイアイ
ファームで
ロードカナロアなど数々の名馬の調教に携わってきました。「ケイアイ
ファームで育ててもらって今の自分がいます。感謝しています。うちの牧場では一頭を全員でローテーションして乗ります。外国から来ている乗り役も半数くらいいて、どの人がどの馬に合っているのかを見極めることが大切」と一人一人の個性を生かした調教を心掛けます。
開場して間もないため、まだ派手な成績はないものの、出口厩舎では100戦して5着以内が6割。昨年に豪州の高額レースである
ゴールデンイーグルを制した
オオバンブルマイも、出国前には山本眞也厩舎にて調整を行っていました。
「内地での馬の育て方を知っている僕たち3人が、他のスタッフと力を合わせてより良い牧場にしていきたい。まだ、土地はありますし、今後は1000メートルの直線坂路を造ることも視野に入れています」と出口さんは先を見据えます。充実した設備に豊富な人材。“キャニオン
ファーム”での調整が新たなスタンダードになる日もそう遠くはないでしょう。(デイリースポーツ
中央競馬担当・小田穂乃実)
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