2017年に
大阪杯がGIに格上げされるまで、
天皇賞(春)を目指す馬はより距離が長い
阪神大賞典から始動することが多かった。ゆえに、少頭数ながら好メンバーが集うことが多く、96年の
マヤノトップガンvs
ナリタブライアン、13年〜15年の
ゴールドシップ三連覇など、数々の名勝負や名馬を生んできた。中でも12年の同レースは、いまだファンの中で語り草となっている。それも、決まって話題に挙がるのは、勝ち馬ではなく2着馬のほうだ。負けた馬にここまで注目が集まるレースは、ほかに例が無いのではないだろうか。
オルフェーヴルは東日本大震災があった11年にクラシック三冠を達成し、
有馬記念で古馬さえも撃破して国内最強馬に君臨した。一方で、ときに激しく折り合いを欠く、デビュー戦や
菊花賞のゴール後に騎手を振り落とすなど、やんちゃなエピソードにも事欠かない。個性派の手綱を数多く執ってきた
池添謙一騎手をしても、コントロールが難しい馬だった。
12年は秋に日本競馬の悲願となる
凱旋門賞へ挑戦することを視野に、
阪神大賞典から始動した。同年勝利する
ビートブラックを含めれば
天皇賞(春)の勝者は3頭いたが、GI・4勝の実績は断然。3000mも
菊花賞で経験済み。渋った馬場でも白星があり、阪神コースで走ったこともあった。不安要素をあげれば、折り合い面くらい。単勝1.1倍の支持が示すとおり、「勝つか、負けるか」ではなく「どう勝つか」。どんなパフォーマンスを見せてくれるのか――。ファンはワクワクしながらレースを見守った。
確固たる逃げ馬が不在で、1000m通過は64秒9の超スローペース。加えて、秋を見据えて前目の競馬を選択したことから、
オルフェーヴルは激しく行きたがる素振りを見せた。池添騎手は必死になだめたが、12頭立ての大外枠とあって馬の後ろに入れることができず、かかりながらじわじわと進出。ホームストレッチで2番手、2周目3コーナー手前で先頭に立った。異変が起きたのは、その時だった。
鞍上が手綱を引っ張り、外ラチのほうへ寄れていく。「おっと!
オルフェーヴルが失速!」。実況アナウンサーは叫び、ファンは目を疑った。
だが、故障ではなかった。なんと、3コーナーを曲がりきれず、外ラチ近くまで逸走したのだった。後続の馬たちにどんどん抜かれ、一旦は後方2番手まで後退してしまう。
それでも、自分を抜いていった他馬を見ると、再び闘志が宿った。ものすごい勢いで馬群に取り付く。勝負どころのペースが上がる場面にもかかわらず、先頭まで飲み込む勢いでマクっていった。
10馬身差ではとても収まらないであろう致命的なロス。しかし直線では、メンバー中唯一の上がり36秒台の末脚で、粘る
ギュスターヴクライにけん命に食らいつき、一時は先頭をうかがった。
さすがに最後は力尽きて、半馬身差の2着に入線。それでも、ファンや関係者にインパクトを残すには十分だった。ゴール後もざわめきがいつまでも消えず。内容はともかく「負けて強し」。改めて
オルフェーヴルの高い能力、そして破天荒ぶりを知らしめた一戦となった。
その後、
宝塚記念、
有馬記念を制したほか、
凱旋門賞でも2年連続の2着。国内外の大舞台で素晴らしい走りの数々を見せた
オルフェーヴルは、種牡馬としても
ウシュバテソーロや
マルシュロレーヌなど、世界レベルの馬をつぎつぎ送り出している。だが、
阪神大賞典を制した産駒はまだいない。今年は
シルヴァーソニックが参戦。サウジでもタイトルを手にした古豪が、
武豊騎手を背に父の勝てなかった重賞を制覇するだろうか。