27年ぶりの「逆輸入ジョッキー」として話題を集めた藤井勘一郎騎手が、2月限りで引退した。01年に豪州で見習い騎手免許を取得。
シンガポールや韓国など13カ国を渡り歩き、16年には
クリソライトでコリアC、18年には
モーニンでコリアス
プリントを制するなど、海外で516勝を挙げた。さらには南関東やホッカイドウ競馬でもキャリアを積み、19年に6度目のチャレンジで
JRAの騎手免許試験に合格。そんな苦労人が
JRA重賞初制覇を果たした20年の
フラワーCを振り返りたい。
JRAでのルーキーイヤーの19年に15勝を挙げた藤井騎手。年が明けて気持ちも新たに自身14回目の
JRA重賞挑戦となったのが、3月の
フラワーCだった。パートナーは2月の新馬をともに勝利した
アブレイズ。キャリア1戦での重賞挑戦、さらには鞍上が重賞未勝利ということも影響したのか、14頭立ての12番人気だったが、レースでは低評価をあざ笑うかのような走りを見せた。
8枠13番からダッシュを利かせて、難なく番手を確保する。前半1000mが59秒2という締まった流れをリズム良く追走。そして迎えた直線、手応え良く先頭に立つと、追ってくる
レッドルレーヴを3/4馬身抑えて先頭でゴールを駆け抜けたのだ。その直後、36歳の2年目ジョッキーはパートナーの首筋を軽く叩いて祝福。右手で握りこぶしをつくり、自身の喜びを表現した。
その後もコンスタントに白星を積み重ねた藤井騎手だったが、22年4月16日の福島8Rで落馬。第4胸椎脱臼骨折の大ケガを負い、リハビリに励んだものの復帰はかなわず、無念の引退となった。しかし、騎手時代に見せたフットワークの軽さ、コミュニケーション能力の高さ、何より不屈の闘志は全く失われていない。今後も自身の代名詞ともなっている「FUJIIチャレンジ」を続け、様々な形で競馬界に貢献してくれるに違いない。