新人記者だった約2年半前。栗東トレセンで藤岡康太騎手に初めてあいさつした日のことを、今でも覚えている。緊張しながら名刺を渡すと、「水納」という私の名字をじっと見つめながら「『みずのう』って読むんですね。珍しい名字ですね!」と声をかけてくれた。
当時の私は、関係者に話しかけることすら不安だった。その中で、名刺を丁寧に読み、話題を振ってくれた藤岡康太騎手。優しさあふれる一言が、どれだけ私の心を救ったか。「そうなんです。親族以外で出会ったことがなくて…」と会話を続けられたことも、自信になった。去り際には「覚えときます!」とさわやかな笑顔まで向けられ、何て懐が深いんだ、と感激した。
思い返せば、私が声をかけたタイミングは“不正解”だったかもしれない。下馬した直後で、足早に調教スタンドへ戻ろうとしているところだった。康太騎手のように、多くの厩舎で調教をつけるジョッキーは、スケジュールがタイト。休憩時間すら、わずかしかない場合もある。多忙な中でも、顔も知らない記者の呼びかけに、ためらいなく足を止めてくれた。あの頃より取材に慣れた今、その誠実さが一層心にしみる。
印象的なレースは、昨年の
マイルCS。当日に決まった代打騎乗で、
ナミュールをG1初制覇に導いた。翌週、父である藤岡調教師に「康太さん、めっちゃかっこよかったです!」と伝えた。藤岡師は「俺のところの馬じゃないし、関係ないわ!」とつっこみながらも、満面の笑み。親子の絆が感じられ、ほっこりした。
昨年末の記事でも書いたが、もう一度、
ナミュールと康太騎手のコンビが見たかった。こんな形で、その望みがついえるなんて…。何より、真っすぐで、誰にでも分け隔てなく接する人柄に、もう触れられないなんて…。まだ信じられないし、信じたくない。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。(水納 愛美)
スポーツ報知