「レジェンド」
武豊騎手にも苦しんだ時期があった。不運な事故が起きたのは10年3月の
毎日杯だった。騎乗していた
ザタイキが故障を発症して転倒。
武豊騎手はコースに叩きつけられるように落馬したのだ。左鎖骨遠位端骨折、腰椎横突起骨折、右前腕裂創の重傷。同年8月までの休養を強いられ、復帰後も以前のような輝きを取り戻すことはできなかった。10年は9年ぶりに100勝を下回る69勝。11年は自己
ワーストの64勝。12年はさらに下降線を辿り、56勝に終わった。
そんな状況下で出合ったのが
キズナだった。デビュー2戦で騎乗していた佐藤哲三騎手がケガをしたため、3戦目のラジオNIKKEI杯2歳Sからタッグ。このレースは3着、年明け初戦の
弥生賞は5着に終わったが、「因縁」の
毎日杯を圧勝して軌道に乗った。
皐月賞を見送り、前哨戦に選んだ
京都新聞杯も快勝。勢いに乗って
日本ダービーに向かった。
単勝2.9倍の1番人気で迎えた一戦。最内枠から五分のスタートを決めたが、
武豊騎手はいつものように後方からの競馬を選択した。勝負どころでも先頭とは15馬身ほどの差があったが、全く慌てることはない。直線に向いて徐々に外目に進路を取る。前が壁になりそうな場面もあったが、
タマモベストプレイと
マイネルホウオウの間に進路を見つけると、エンジン全開。一完歩ごとに前との差を詰めると、先に抜け出した
エピファネイアをゴール寸前で捕らえてフィニッシュ。
武豊騎手は05年に
キズナの父である
ディープインパクトで制して以来、8年ぶりとなる
日本ダービー5勝目を成し遂げた。インタビューでは「僕は帰ってきました!」と完全復活をアピール。14万人の大観衆から祝福された。
あれから10年、今年の
日本ダービーに
武豊騎手はタッグを組んでGI7勝を挙げた
キタサンブラックの半弟
シュガークンで挑む。一方、父となった
キズナは
皐月賞馬の
ジャスティンミラノ、
スプリングSなど3戦3勝の
シックスペンス、父と同じく
京都新聞杯を制した
ジューンテイクなど、多くの有力馬を送り込む。ラ
イバルとなった「両者」の戦いに注目したい。