春G1シリーズの水曜企画は「G1追Q!探Q!」。担当記者が出走馬の陣営に「聞きたかった」質問をぶつけて本音に迫る。牝馬クラシック第2弾「第85回
オークス」は東京本社の万哲こと小田哲也記者(56)が担当。前走
ミモザ賞を快勝して勇躍挑む
エセルフリーダの
武藤善則師(57)に「出合い&希望」「成長&賭け」「絆」の3テーマを問う。
3年前、21年7月セレクトセール当歳
セッション。武藤師の
エセルフリーダとの初めての出合いは小さな“幸運”にも恵まれたという。父は大種牡馬の道を歩みつつある
キタサンブラック。母系をたどれば、重賞5勝、
オークスと
ジャパンCで3着の実績がある名牝
ダイナアクトレスの名もある。成長力と距離延長に耐え得る魅力に富んでいた。
武藤師は述懐する。
「オーナー(高橋文男氏)と値段は上がってしまうかもと、それなりの覚悟はしていました。それが…。(入札で)手を挙げ、周りを見ると、誰も手を挙げてこない。えっ?いいの!?みたいな。一発落札でした」
お代の1400万円(税別)は微動だにせず、そのままハンマー。「その時点では
キタサンブラックの子が、そこまで活躍していなかったのも幸運だったかもしれません」。父の代表産駒
イクイノックスが、新潟で新馬Vを飾ったのは約1カ月後の21年8月のこと。大ブレーク寸前だった。
期待通りに愛馬は成長した。忘れもしない1歳春のこと。「正直、当歳の時はそれほど体は目立っていなかったですが、1歳になって、みるみる良くなっていたんです。その時ですね。(生産者の)社台
ファームの方とも
オークスに絶対行きましょうと話したんです」
桜花賞ではなく
オークス向きと見込んで、レースも選択してきた。昨夏の福島新馬戦(3着)から一貫して2000メートル。2戦目の東京で好位から楽に抜け出して初V。4戦目となった“出世レース”の前走
ミモザ賞は鮮やかな後方一気。
「普段の調教は厩舎スタッフが乗るので、雅が乗るのは(1月中山5着以来)久々だったけど、馬が良くなっていると感じていたようで自信もあったみたい。少頭数(7頭)でも出入りが激しく、楽な競馬ではなかったけど、ハミを取り直してからの“はじけ方”は凄かった。あのハマり方はいいですね。精神面の強さも見せてくれたし、中山であの競馬ができるのなら、広いコースでさらに…と期待が膨らみました」
そして、前走後は小さな賭けに出た。例年、収得賞金900万円のままでは除外、良くて抽選の危険もある。「
フローラSも頭にあったのですが、仮に優先権を獲ってもローテは厳しくなるし、
オークスに万全の状態で出せない可能性もある。オーナーとも相談して、除外覚悟で早めに一本で決めました」
賭けは実った。フルゲート(18頭)と同じ登録馬18頭で晴れて出走可能に。
「1歳の時から、3年越しで夢見ていた舞台。本当にうれしいです」
武藤師&雅との父子G1挑戦は22年阪神JF(
モリアーナ12着=2番人気)、23年
高松宮記念(
オパールシャルム17着=18番人気)に続き3度目。父子でのクラシック参戦は初めて。
「
モリアーナと一緒で、ずっとお世話になっているオーナー。本当にありがたいことです。雅も
ミモザ賞で相当手応えをつかんでいると思うし、気合が入るでしょう」と目を細めた。
晴れてゲートインがかなった以上、等しく「18分の1」のVチャンスはある。
「血統も(近親に)
スクリーンヒーロー(08年
ジャパンC優勝)がいて、お父さんが
キタサンブラック。コアなファンにはたまらないかもしれません。大跳びで長く脚を使えるので距離も合うはず。東京で勝った時のように好位で折り合うこともできる。それでも、
桜花賞組や
トライアル組に注目が集まるのでそう人気はないでしょう。思い切って乗れると思います」
指揮官は決して過度のプレッシャーはかけず、愛息に託した。夢がかなうのをただ信じて。
◇武藤 善則(むとう・よしのり)1967年(昭42)3月21日生まれ、神奈川県出身の57歳。86年3月に美浦・黒坂洋基厩舎で騎手デビューし、通算154勝(重賞1勝)。03年厩舎開業。通算345勝、うち重賞は初Vを飾った08年
愛知杯(
セラフィックロンプ)など4勝(14日現在)。子の武藤彩未は歌手で今年
ソロデビュー10周年、
武藤雅は
JRA騎手。
《出世レースの
ミモザ賞》
ミモザ賞の優勝馬からは活躍馬が数多く出ている。01年優勝
レディパステルは
オークスV。08年
ユキチャンは
関東オークスなどダート交流重賞3勝。20年
ウインマリリンは
オークス2着、22年
香港ヴァーズで海外G1制覇。21年
スルーセブンシーズは
オークス9着ながら、23年
中山牝馬S優勝、
宝塚記念2着、
凱旋門賞4着と大活躍した。また、
エセルフリーダを生産した社台
ファームは
NHKマイルC(
ジャンタルマンタル)→
ヴィクトリアマイル(
テンハッピーローズ)と現在2週連続G1制覇で強力な追い風が吹いている。
【取材後記】努めて明るく、笑顔が絶えない武藤師と話をすると、心が洗われる。82年に
JRA競馬学校騎手課程第1期生(同期に
柴田善臣や
石橋守)に入学して40年を超す競馬人生。経験に裏打ちされた言葉には重みもある。
オークスについては「適性」の言葉を繰り返した。全馬が未知の距離。武藤師は10年前の14年
オークスの話を、自ら切り出してくれた。「優勝した
ヌーヴォレコルトがいて(2着の)
ハープスターがいて。今思えば、凄いメンバーでした。でも東京2400メートルなら、人気はなかったけど、
ニシノアカツキは勝負になると思っていました。直線は声が出ましたよ!!あの馬もスタミナはありました」
申し訳ない。僕の記憶からは飛んでいました。
フローラS5着から参戦でブービー17番人気。勝浦を背にヌーヴォから首、首、3/4馬身差の4着大奮闘だった。
オペラハウス産駒のスタミナ自慢。当時の紙面を読み返すと「
オークスはしばしばスタミナのある人気薄が来るから」と同師は不気味につぶやいていた。
エセルフリーダはその10年前と同じ香りを漂わせている。応援せずにはいられない父子の無欲タッグ。今週も感涙ドラマがきっと待っている。 (小田 哲也)
スポニチ