競馬担当になったのが２０年１月。それまで一般ファンと同様に競馬を楽しんでいた。中でも好きだったジョッキーは小牧太。人気薄でもたびたび持ってくる手腕や、飾らず気さくな人柄が魅力的だった。競馬に異動してすぐに名刺を渡したが、つい先日まで取材することがなかった。私は逃げていた。

　記者失格だ。怖かった。受け入れたくなかった。往時をファン目線で知っているだけに、下降線をたどる姿を見たくなかったのだ。本人も「ここ４、５年、乗り鞍が減って引退しようと思ったこともあった。早起きは得意やから、風呂屋の掃除とか魚屋さんとか考えたよ」と述懐するように、腐った時もあったという。しかし、私の勝手なイメージとは裏腹に、小牧太の心の火は完全に消えていなかった。私は反省した。

　落ち込んでいたベテランに転機が訪れたのは年始。園田時代の師匠・曾和直榮元調教師から「こっちに帰って来たらいいやん」と声を掛けられたことだった。「冗談っぽく言われたんやけどね。でもその後、馬主になった曾和さんの息子さんが『俺の馬も乗ってよ』って」。その翌日、たまたま牧田師から園田での交流競走の騎乗依頼が舞い込んだ。そして、まだまだ偶然が連鎖する。

　「その日（３月２８日）は重賞があって、（騎手時代の）同期だった高知の田中守調教師が使いに行くよとなって」。かつての戦友から１番人気リケアサブルの手綱を託されると、園田で行われた第１回ネクストスター西日本をＶ。当日はその重賞を含む６レースに参戦し、２勝、３着２回の好成績を残した。その２週間後、再び交流競走の話を受けると、園田の一日の上限である８鞍に騎乗。実に６度の馬券絡みを果たしてみせた。「さすがにめっちゃ疲れたけど、これならまだ戦えるなと。生き返ったね」。燃え上がるものを感じ、その日のうちに移籍を決意したという。

　今年で３０歳の記者。私の年でも今の立場を捨てて新たなことに挑戦するのは簡単ではないと感じる。今年５７歳を迎える大ベテランなら殊更だろう。しかし、覚悟を決めた男は違う。大好きだったお酒を断った。「俺からすると（お酒は）死ぬか生きるかの話や」と笑うが、「年を取って新たなチャレンジをすることなんてないし、体だけでもつくろうとね。恥ずかしい騎乗はしたくない。甘いものではないと分かっているから。一年一年が勝負やと思ってやらないと」。決して生半可な覚悟ではない。行動をもってそれを示している。

　「今は充実している」。かつて例のなかった地方から中央、そして地方への復帰をかなえ、そう近況を語る表情は非常にすがすがしい。そして、「こういう経験をしているのは僕以外におらんし、後輩の悩みなんか聞いたりしたいね。園田に恩返しをしたい。本当のレジェンドになりたい」と力強く言い切った。

　２１日のセレモニーで泣かなかったのはある意味“らしさ”がなかったが、中央所属としてラスト騎乗だった同日の小倉１２Ｒを１２番人気モズアカボスで制した姿はまさに、自分の好きだった『小牧太』だった。「夢は“メイセイオペラ”やね」と、大きな野望を抱く５６歳。ＮＡＲの騎手免許は８月１日からだが、レースに乗る“お披露目”は約２週間後だという。古巣で再び頂点に向けて歩を進めた“シン・レジェンド”に鼓動を重ねたい。（デイリースポーツ・山本裕貴）

　◇小牧　太（こまき・ふとし）１９６７年９月７日生まれ、５６歳。鹿児島県出身。中学卒業後、８５年に兵庫・曾和直榮厩舎からデビュー。２００４年に中央に移籍すると、０８年桜花賞（レジネッタ）でＧ１初制覇。ＪＲＡ通算９１１勝（うち重賞３４勝）。小学校時代は剣道で全国大会に出場した。身長１６０・０センチ。血液型Ｏ。長男はジョッキーの小牧加矢太。

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