【競馬人生劇場・平松さとし】
1979年1月、千葉県生まれの
竹内正洋調教師。幼少時は野球や陸上に興じたが、中学の時に競馬場を訪れると、騎手に憧れるようになった。
「メインを勝った
田中勝春騎手(当時、現調教師)が格好良くて、自分も騎手になろうと、中学卒業時には
JRA競馬学校の騎手課程を受験しました。残念ながら不合格でしたけど…」
そこで目標を調教師に変更。大学へ行き、牧場で働いた後、06年の春に競馬学校に入学。同年秋に卒業すると、美浦トレセンの
国枝栄厩舎や
奥村武厩舎で経験を積み、調教師試験に合格。15年の春に開業した。
「開業時に重賞勝ち馬の
セイコーライコウが転厩してきました。この馬で何度か重賞に挑みましたが、勝てませんでした」
チャンスは逃すとなかなか回ってこないもの。開業後8年が過ぎても重賞は未勝利だった。
そんな時、出合ったのが
シンリョクカ。竹内師自身が牧場でひと目ぼれしてオーナーに薦めた馬だった。22年の新馬戦を圧勝した同馬は2戦目の阪神JF(G1)で2着に好走。その後、24年4月の
福島牝馬S(G3)では3番人気に支持されたが、他の馬と接触し落馬。骨折して休養を余儀なくされた。
しかし、物語はそこからだった。復帰戦は9月の
新潟記念(G3)。「元気がないかと思うくらい落ち着いていました」と調教師が述懐するこのレースを、なんと快勝してみせたのだ。こうして竹内師にとって初めてとなる重賞制覇を飾ると、続く一戦では
エリザベス女王杯(G1)に挑戦。勝てなかったが見せ場十分の4着に善戦し、実力の一端を示してみせた。
さて、その
シンリョクカが今週末の
中山金杯(G3)に出走を予定している。11日には46歳の誕生日を迎える竹内師に、少し早い誕生日プレゼントが届くのか、それとも国枝師の
パラレルヴィジョンや
奥村武師の
ホウオウビスケッツがその前に立ちはだかるか、はたまた他の陣営が正月の美酒に酔うのか。中山の芝2000メートルに注目したい。 (フリーライター)
スポニチ