◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」
「やらない後悔より、やる後悔」という言葉がある。この格言に従っていれば、昨年引退したG1・5勝馬
ドウデュースの馬生は変わっていたかもしれない。
22年
日本ダービー。最高気温約29度と、5月末にしては夏のようだった。競走馬にとってダービーは一生に一度の、世代の頂上決戦。仕上げに抜かりがないよう、装鞍所では、多くの陣営が直前まで引き運動(綱を引っ張って歩かせる運動)をしていた。そのなかで、
ドウデュースを担当した前川助手は「暑いのに…かわいそう」と、愛馬を馬房で休ませた。同じ選択をしたのが、後にG1を6連勝する
イクイノックス。結果はこの2頭のワンツーだった。
ドウデュースは昨年の
有馬記念を最後に引退する予定だったが、レース2日前に右前肢ハ行で出走を取り消し。馬場入りを終えた後、前川助手が歩様に異変を感じたという。担当の田中獣医師が進言し、最後は陣営が決断。ラストランは幻になった。
人間のアスリートは、満身創痍(そうい)になりながら競技を続ける場合もある。
ドウデュースのような一流の競走馬はそうはいかない。種牡馬として血を残す、重要なセカンドキャリアがあるからだ。頭ではそう理解しても、「もう一度、走る姿を見たかった」と心は揺れていた。
ドウデュースが栗東トレセンから去る日、私は休みだったが、友道調教師から「会いに行ってあげて」と連絡を受け、お見送りに行った。青草をほおばる普段通りの姿を見て、「これで良かった」と葛藤が消えた。無理して出走させていれば、後悔しきれない結末になったかもしれない。“止める勇気”がダービー勝利につながり、第2の馬生を守った。(
中央競馬担当・水納 愛美)
◆水納 愛美(みずのう・まなみ) 21年入社。知識ゼロだったが、今は自室に馬のぬいぐるみをいくつも飾るほど、競馬の魅力に夢中。
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