日々トレセンや競馬場など現場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」は栗東取材班の田村達人(33)が担当する。昨年、
JRA調教師試験に合格し、今年3月から厩舎を開業した
井上智史師(44)に合格から1年間の思いを聞いた。
今日は
JRA調教師試験の合格発表。毎年、合格率が10%にも満たない狭き門になっている。受験者は吉報を信じて待つ。昨年、10回目の受験で難関を突破した井上師は「あれからまだ1年かと驚きます。本当に(合格前と後で)人生の変わり方って凄いんだな、と思う」と心境を明かした。
昨年12月の合格後はすぐ開業に向けて準備が始まった。厩舎開業まで残された時間はわずか3カ月。「1秒も無駄にできなかったので、24時間フルで動いた。弱音を吐いても仕方ないので。悩んで覚悟を決めての繰り返しだった」。牧場や馬主へのあいさつ回りは、開業と同時に所属騎手として迎え入れた鷲頭も一緒に連れて行き、2月からは厩舎スタッフらと週1のミーティング。小さなことまでやれることは全てやった。
そして3月。新たなスタートを切った。できる限りの準備はしたつもりだったが「開業初日に足りないものがいっぱいあると気づいた」と振り返る。従業員は定年解散した厩舎から移ってきた方々も多く、信頼関係の構築が大きな問題。もっと自分を知ってもらい、相手も知ろうと積極的にコミュニケーションを取った。モットーは全員で力を合わせた厩舎づくり。指揮官の熱い思いを聞き、徐々に組織はまとまり始めている。
厩舎のマネジャーを務める元騎手の藤井勘一郎氏とは
オーストラリアの競馬学校時代から親交があり、意見を言い合える関係性。データ管理や調教師の代行で馬主対応など幅広く厩舎を支えている。「ミーティングの会話の内容を全てメモしたり、僕がスタッフに言うとキツくなり過ぎることも勘一郎が代弁して言ってくれる。いろいろ助けてくれる厩舎の
ムードメーカーですね」と頭を下げた。
調教師と助手の違いは「責任の大きさ」で「自分が決めたことは自分で責任を取らないといけない」と即答。その信念を持って仕事に取り組む姿勢は師匠の松永幹師から学んだ。井上師は「(松永幹)先生はスタッフを守ってくれるし、僕らのミスも絶対に責任を取ってくれる。僕はそれが一番、響いた。安心感があって、何より働きやすい。先生のような調教師になりたいです。僕の厩舎で何かあった時はしっかり責任を取るつもり」と意思は強い。
これまで
JRA9勝を挙げ、中でも3歳馬は【6・5・7・24】で複勝率42・9%の好成績。春に定年引退した鮫島師から引き継いだ
コンドゥイアなど将来性ある素質馬が所属している。「1勝を全員で喜べる厩舎にしたい。その先にG1に出走したり、リーディングを目指せる厩舎に成長していく。これは全員の総意。それぞれスタッフらの目標は違うけど、みんなの目標が僕の目標です」と目を輝かせた。熱い思いを持った若きトレーナーは自分を信じて歩き続ける。
◇田村 達人(たむら・たつと)1992年(平4)11月12日生まれ、大阪市城東区出身の33歳。高校卒業後は北海道新ひだか町のケイアイ
ファームで育成&生産に携わった。
スポニチ