桜花賞と皐月賞、2つのクラシックレースになにがしかの共通点はと、そこに注目していたところ、いずれも2着に小島太厩舎が食い込むという結果でした。
こうした根拠のまるでない考え方でも通用するのが、競馬の面白いところです。
もう1点付け加えれば、シャイニンルビー、タニノギムレットという本命馬が、ともに際どいところで3着に破れるという共通項も見つけられました。この2頭に絶大な声援を送ったのですから、まず第一ラウンドは口惜しい思いばかりで終ってしまいました。
勝つのに理由なんていらない、勝った馬が強いのだ、要するに、勝つ馬を見つけられなかっただけではないか、そこに行きつくのでした。つくづく、レースは生き物を思い知らされ、その生き物の正体をどうつかむか、全体像をイメージしないことには、次もまた失敗するぞと、意を新たにオークス、ダービーに立ち向かうことにしました。
桜花賞を検証すると、生き物としての要素であるペースが、前後半の半マイル46.9秒と47.7秒、また皐月賞の前後半の1600mが59.2秒と59.3秒、いずれも平均ペースでした。ただこれをそう言うのではなく、緩みないペースと言い換えると、もう少し様子がはっきりしてきます。
今のクラシックレースは、こういう流れに適応できない馬では勝てないことが多く、騎手にしても、それを意識してレースをしなければ駄目だということです。13番人気のアローキャリーは3番手でためを利かせ、15番人気のノーリーズンはコースロスのない内々で折り合いに専念と、それぞれ無欲のプレイという勝因が見つけられます。本命馬の周囲にはマークする有力馬がいて、2着にも伏兵が飛び込むチャンスがそこから生まれます。波乱はこうして生じるのですから、本番がどうなるかを想定することの重要性ばかりが頭に残る2つのクラシックレースでした。