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美しい競馬の言葉を

  • 2011年09月17日(土) 12時00分
 先日、文化庁が平成22年度の「国語に関する世論調査」を発表し、それがなかなか面白かった。

「寒っ」「すごっ」など形容詞の語幹(活用語尾を取り除いた、変化しない部分)を用いた言い方などについての調査結果をまとめたもので、ニュースでご覧になった方も多いだろう。

 言葉の意味や慣用句などの使い方について、どちらが本来の意味や使い方かを訊ねた調査結果もあり、それこそ「やばっ」と思ったものもあった。

「雨模様」は1.「雨が降りそうな様子」か、2.「小雨が降ったりやんだりしている様子」か。「することや話題がなくなって、時間をもて余すこと」は1.「間が持てない」か、2.「間が持たない」か。

 どちらも「1」が本来の意味や使い方である。

「である」なんて威張っている私はどうだったかというと、だ。「雨模様」は、
 ――これが設問になったのは、引っかかる人が多そうだと判断されたからだろう。
 と出題者側の意図を読んだつもりになってどうにか正解したが、ふたつ目は「間が持たない」だと思い込んでいた。それどころか、
 ――「間が持たない」ではなく「間がもたない」とひらくか、「保たない」と表記すべきではないか。
 と、誤った前提に立ちながら声を上げたい気分になったのだから恐ろしい。

 なお、「ひらく」とは、漢字ではなくひらがな表記にする、という意味の出版用語である。さらに補足すると、一部の競馬メディアでは「距離が保つ、保たない」といった使い方をするとき、「もつ、もたない」と読ませている。

「品質が長く保持される」という意味で「もつ」を「保つ」と表記する例は他にもあるし、そもそも「きょりがもつ」という表現自体が「競馬用語」という枠組みのなかにあるものだ。使われ方がブレずに統一されてさえいれば、競馬の専門性のひとつと見ていいわけだから、正誤を云々する必要はないと思われる。

 前記の問いで、「間が持てない」と本来の言い方を答えた人が29.3%だったのに対し、「間が持たない」と答えた人が61.3%もいたという。詳しくは文化庁ホームページの「報道発表」ページにアップされているPDFファイルを参照されたい。

 新聞などでは報じられていない「言葉に関心があるか」という調査結果があり、「関心がある」が8割を超えている。40代では9割近く、20代や30代の人も8割以上だ。それが60代になると76.9%にガクッと落ちるのは、「言葉が正しいか間違っているかなんてどうでもいい」と達観するか、当たり前のように日本語に自信がある人が多いからだろうか。

 私も将来は、そうした意味で「言葉なんて通じりゃいいんだよ」と吐き捨てるようなスーパージジイになりたいと思っているが、まだまだその域に達していない今は、「正しく美しい日本語」に未練タラタラである。

 ということで、「競馬用語」ではなく「競馬メディアでよく使われる言葉」について、ことあるごとに述べていきたいと思っていることを、いくつか。

 次の「1」と「2」をご覧いただきたい。

1.「サンデーサイレンス産駒として、ディープインパクト、スペシャルウィークなど多くの名馬が輩出した」

2.「サンデーサイレンスは、ディープインパクト、スペシャルウィークなど多くの名馬を輩出した」

「輩出する」は、頻度のうえでは、「2」のように他動詞として使われるケースが圧倒的に多い。が、以前私が調べた限りでは、辞書の用例では「1」のように自動詞として使われているものが断然多い。これに関しては「週刊競馬ブック」の「一筆啓上」にも書いたので、ここでは簡単に記すにとどめるが、他動詞として「〜を輩出する」と使うのは「誤用ではない」という程度の正しさで、「美しい日本語ではない」というのが私個人の認識である。

 あと、競馬の文章を書くときに多用せざるを得ず、難しいのが「あく」の表記だ。

 ゲートは「開く」でいい。が、馬群の隙間は「開く」のか「空く」のか、それとも「明く」のか。馬群の隙間のでき方によって、どの字をあてるのが最良か変わってくる。

 これも私個人の感覚だが、前を塞いでいた馬群の壁に生じた隙間が小さく、あいている時間も僅かだと「空く」、それより隙間が大きいときは「明く」、ドアを開くように隙間ができる動きがわかりやすいときは「開く」、といったところだろうか。

 となると、どの字を用いるかによって、著者が馬群のあき方をどう観察したかを示すことになるわけだが、そこまで細かく読みとることを読者に強いるのはどうかと思うし、もっと大切なことに頭を使うべきだと考えている私は、ドサクサでここに何度か書いたように「あく」とひらくようにしている。

「かわす」は双方向に動く場合は「交わす」でいいが、競馬のように同じ方向に動く場合はひらいたほうがいいのではないか。「疲労回復」は、「信用回復」「失地回復」などの言葉と照らし合わせるとわかるように、「疲れた状態に戻す」ということになるから、あまり使わないほうがいいのでは……など、ネタはまだまだある。また折りを見て書いていきたい。

 さて。今、馬を描く画家として知られる久保田政子さんから作品展の案内が届いた。青森の八戸美術館で9月13日から……って、久保田先生、もう始まってるじゃないっスか。

 が、まだ終わっていない。9月19日、月曜日までやっている。また、10月1日から10日まで青森県立美術館で行われるというから、お近くの方は、ぜひそちらへ。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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