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書き足りなかったこと

  • 2012年02月11日(土) 12時00分
 あとになってから、あれも書いておけばよかった、これも書いておけば……と思う作品のほうが、書き切ったように感じた作品より、むしろ出来がいいものだ。

 以前、私淑する伊集院静氏にそう言われたことがあった。

 書き手が「もっと説明したい」と思う部分が、読み手にとっては想像をふくらませる余地になり、いわゆる「行間を読む」ことのできる作品になるからだろうか。

 だとすれば、あまりほじくり返さないほうがいいのかもしれないが、前回の本稿で最後のパラグラフに記した、

《こういうメッセージは、伝わるかどうかより、自分が発したことを確かに実感できるかどうかが大切なのだと、スマイルの体温を感じながら思った》

 という部分。ちょっとだけ補足すると、要は、「メッセージを投げかけたい、と思う対象がいることが大切だ」と私は言いたかったのだ。

 指の先で机をタタタンと弾き、蹄音のような音を立てるだけで、私はスマイルジャックの整った顔と、首を使った豪快なフォームを思い浮かべてしまう。

 そのスマイルは、先週の東京新聞杯で、鞍上が手綱を持ったまま最下位に終わった。何かあったのではと心配されたが、上がりの歩様はいつもどおりだったし、今週の動きにも問題はなかったようだ。まずはホッとした。あのレース内容だとダメージも疲れもないだろうから、中1週で迎えるフェブラリーステークスが楽しみになった。

「なぜダートに?」と思われた人もいるだろうが、実は、以前から何度か「ここで結果を出せなかったらダートを試してみよう」という話が持ち上がり、そのたびにスマイルがいい競馬をしてきたので、ここまでタイミングがズレてしまっただけなのだ。血統的にダート適性がどうかは、netkeiba.comのスマイルのページで血統を見て、3代母の産駒にどんな馬がいるかチェックすれば、心配ないことがわかると思う。

 鞍上は丸山元気騎手になるという。

 もちろん彼の活躍ぶりは知っているが、一度も話したことはない。

 誤解のないよう言っておくが、他意があるわけではなく、ただ私はなるべく大勢の人と話して公平を期そうとするタイプの書き手ではない、というだけのことだ。偏っていたり、一方的な思い込みがあっても構わない、いや、むしろあったほうがいいと思っている。もちろん、どんな人物なのか興味を持って話してみたいと思う人もいるが、それと同じくらい、二度と話したくないヤツもいる(今年だけでもう2人もそういうヤツに会ってしまった)。

 話が逸れたが、丸山騎手は、スマイルの主戦だった(と表現しなくてはならないのが個人的には残念だが)三浦皇成騎手の1期下で、まだ21歳である。初重賞制覇は昨春の新潟大賞典で、パートナーはセイクリッドバレー。父がタニノギムレットで、母系がサンデーサイレンス系というのはスマイルと同じ。つまり、丸山騎手はこの血統の難しさも、また勝たせ方も知っているわけだ。さらに彼は昨秋、門別のエーデルワイス賞で地方交流重賞初勝利を挙げたのだが、そのときの騎乗馬はシェアースマイル。今回のフェブラリーステークでの起用は、「スマイルつながり」とも言えるわけだ。

2月4日に都内のホテルで催された稀勢の里関の大関昇進披露宴には、かつてメジロライアンなどを管理した奥平真治元調教師の姿もあった。
2月4日に都内のホテルで催された稀勢の里関の大関昇進披露宴には、
かつてメジロライアンなどを管理した奥平真治元調教師の姿もあった。

 さて、書き足りなかったことといえば、来週月曜発売の「週刊競馬ブック」の隔週連載エッセイ「競馬ことのは」に、先週出席した稀勢の里の大関昇進披露宴のことを書いたのだが、そこで再会した知人のことばかり書いて、稀勢の里本人と私がどんな話をして、私がどう感じたかをまったく書かなかったことに今気がついた。無理をすればまだ修正できるのだが、ゲラを読み返して、あの流れのなかではママ(=修正せずそのまま生かすという出版用語)のほうがいいと思った。

 ということで、ここにサラッと。

「コビさん(小桧山悟調教師=末の息子さんが稀勢の里と子供のころからの親友)にお世話になっている島田です」

 と私が言うと、大関は、

「ああ、そうですか」

 とニコリとした。そのニコリで、私と「コビさん」との間柄をなんとなく察したことがわかる微笑み方だった。

 人の話に耳を傾ける姿勢などが実にゆったりとしている。「地位は人をつくる」というが、大関という地位が、「力士・稀勢の里」の器を、早くもさらに大きくしていることがわかった。

 着席したり、壇上にいなければならなかった1時間ほどを除き、午後6時の開演から9時過ぎの中締めまで、稀勢の里はずっとファンや関係者の撮影やサイン、握手などに応じていた。横綱白鵬や、大関琴欧州、把瑠都なども、会場にいる間はそうしていた。

 この披露宴は最低×万円(表に出すべき数字ではないかもしれないので×とした)の御祝儀を持ってきた人だけの集まりであり、また、普段から力士はタニマチなどに直接的に支えられている。競馬界とはファンとの関係が違うのだが、それでも見習うべきところは多いと思った。

 最後に、先週予告したように、著者(私です)のサインを入れた『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉』(白夜書房)を5冊、馬事文化賞受賞記念として本稿の読者にプレゼントします。たくさんのご応募をお待ちしております。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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