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今の競馬を過渡期に

  • 2012年09月01日(土) 12時00分
 水曜日はアジア競馬会議(ARC)出席者による意見交換会があり、木曜日と金曜日はグリーンチャンネル特番のロケで青森に行った。

 ARCの意見交換会では、本稿にも記した「競馬のオリンピック種目化」について、自分なりの考えを述べた。「日本がイニシアチブをとって種目化に向けて動き、ARCやIFHA(国際競馬統括機関連盟)の賛同を得てIOC(国際オリンピック委員会)に働きかけてはどうか。若年層に競馬の魅力を訴えるにはそのくらいしなくてはダメだと思う」というのが私の意見である。それは素晴らしい、といった受け止め方はされなかったが、JRAの責任あるポジションの人がいる場で、そうした考えを伝えられたので、まあ、最初の小さな一歩を踏み出した、ということにしておきたい。

 目指すところは「その国で最も速く走れる馬がエントリーし、その馬を最も速く走らせることができる乗り手が騎乗し、メダルを争う」という形である。となると、出場するのはやはり現役の競走馬と騎手ということになる。だが、そこに至るまでの過渡期では、「馬術のひとつとして、平地でのスピードを競う種目を加える」といったマイナーチェンジ的な形もアリなのかもしれない。

 はたしてどのくらいの馬主が、賞金のないレースに所有馬を出走させることを了承してくれるのか。了承をとりつけるのが難しいのなら、賞金に代わるメダル報奨金のようなものを導入することは可能なのか……などなど、クリアしなければならい問題はいくつもある。が、障害が大きければ大きいほど、それを乗り越えるためのエネルギーも大きくなければならないので、いざゴールを目指す動きが出はじめれば、その動きは非常にダイナミックなものになる。

 今のままではいけない、という思い。それが動機となって変化を求める。変わろうとするエネルギーが人から人へと伝播し、それが過渡期ならではの熱気となる。

 そうした熱気に多くの人々がさらされているような状況を、競馬に関してつくっていくことはできないものだろうか。

 木曜日、三沢の寺山修司記念館の佐々木英明館長と話しながら、そう思った。

 今年の4月に就任したばかりの佐々木館長は、寺山修司の高校の後輩であり、天井桟敷の俳優として活躍した経歴を持つ詩人である。

 館長自身はそれほど競馬に詳しいわけではないのだが、寺山が生前どのように馬券を買っていたかを知る証言者として、「寺山修司と競馬」について語ってもらった。

 ひととおりインタビューが終わり、ディレクターとカメラマンがポスターなどのブツ撮りをしている間、館長と私は互いの自己紹介の詳細バージョンのような感じであれこれ世間話をした。

「寺山さんが書かれていたころの競馬は、今ほど洗練されておらず、競馬場も殺伐としていたのですが、それがむしろあの人を惹きつけたような気がします」

 私がそう言うと、館長が頷いた。

「渦巻く巨大なエネルギーのようなものが、外にまで伝わってきましたよね。今はどうなのですか」

「例えば、かつては地方から来た強い馬がクラシックに出走できず、幻のダービー馬にならざるを得なかったこともあったのですが、そうした問題が次々と改善され、スポーツとしては健全でリベラルな方向に進化してきました。しかし、そうして不条理なことをなくしてきた結果、ドラマも生まれにくくなってしまったんです」

「綺麗に整備されたがゆえに、おとなしくなってしまった、と」

「整備しようと声を挙げていたころは、自分たちは正しい方向に向かっていると信じていたのですが」

「それがエネルギーになっていた」

「いろいろな意味で過渡期だったんです」

「過渡期って、面白いですよね」

 と微笑む佐々木館長を見て、

 --じゃあ、今の競馬界を過渡期にしていけばいいんだ。

 そう思ったのと同時に、再び「競馬のオリンピック種目化」が脳裏に浮かんできた。

 今、世界の競馬界は降着基準などの「競走ルールの統一」を目指しているが、ルールの統一そのものがゴールだと、多くのファンは「そう。で?」といった感じのリアクションを示すだけではないか。ルールが統一され、サッカーやバスケットボールのように、「世界中で、同じルールで競馬ができるようになったその先にはオリンピックがある」、つまり、「オリンピック種目にするためにルールを統一しようとしいてる」という状況になれば、今はまさにそこに向かう過渡期ということになる。

 今は「競馬のオリンピック競技化」は突飛な意見として受け止められることのほうが多いが、念入りにマーケティングした結果つくり出された商品よりも、最初は「何それ?」と言われるようなものが大ヒットするものだ。改札のなかに本格的なショップやレストランなどがある「駅ナカ」がその好例である。今あるものの延長線上の何かではなく、多くの人々の関心や想像の範囲の外にあるものだからこそ「そうそう、こういうものがほしかったんだよ」と受け入れられ、ヒットし、やがて定番になるのだ。「競馬のオリンピック種目化」もきっとそうなると信じて、懲りずに、めげずに、へこたれずに、これからも言いつづけたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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