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守りの堅い顔

  • 2012年09月15日(土) 12時00分
 先週の京成杯オータムHで、贔屓のスマイルジャックが57.キロのトップハンデを背負いながら「世界レコード」の2着となり、復活を印象づけた。

 勝ち馬の走破時計が1分30秒7、スマイル自身は1分30秒9で中山の芝1600メートルを駆け抜けた。反動が心配だったが、上がり最速の脚を使いながら直線で前が詰まって10完歩以上追われなかった今年の安田記念のあとに比べると、ずっと元気だった。

 競走馬というのは面白いもので、前が詰まって全力疾走できない時間が数秒あり、フィジカル面では消耗が少ないはずのレースのあとより、ドッカーンと一気に全力を出し切ったあとのほうが疲れないらしい。

 2009年春、ウオッカが7馬身差で勝ったヴィクトリアマイルと、次走、何度か進路を探しながら加速、減速を繰り返し4分の3馬身差で勝った安田記念のときも同様だった。担当の中田陽之調教助手によると、安田記念のあとのウオッカはぐったりしていたが、ドッカーンとちぎったヴィクトリアマイルのあとはいつもよりダメージが小さかったという。

 京成杯オータムHの日の夕刻、千葉県内の寿司屋で、スマイルの管理者である小桧山悟調教師に合流した。この日は管理馬が好走し、さらに、末の息子さんと同級生で、その寿司屋によく一緒に来る稀勢の里も勝っていたので、師は上機嫌だった。

 レース後のスマイルの消耗についての話になったとき、師は、
「あいつはいい競馬をしたあとは機嫌がいいし元気もいい。いい子なんだよ。逆に、力を出し切れなかったあとは不機嫌で、さわるのも大変なくらいだけどね」
 と笑顔を見せた。私が、
「8歳でGI初制覇をやってのけたカンパニーのように、来年も現役続行ですか?」
 と訊くと、
「当たり前だろう」
 とグラスを空にした。
 時間は前後するが、京成杯オータムHのレース直後、スマイルを担当する梅沢聡調教助手に、
「春から復活の兆しを見せてくれてはいたけど、こうして着順で示してくれて、よかったですね」
 と声をかけると、ほっとしたようにうなずいた。さらに私が、
「あ、スマートルピナスも、おめでとうございます」
 と彼のもう一頭の担当馬がその日の新馬戦を勝ったことにふれると、
「どっちも1番枠でしたよね。2頭とも勝ってくれるとよかったんですが……。ぼくの担当馬で新馬勝ちしたのって、この2頭だけなんです」
 と汗をぬぐった。

 いつもパドックでスマイルを曳いているので、顔を覚えてしまった人も多いと思うが、私はサッカー日本代表ゴールキーパーの川島永嗣選手と、横浜DeNAベイスターズの鶴岡一成捕手をテレビで見るたびに、梅澤助手を思い出す。

 話は逸れるが、私がプロ野球チームで一番好きなのは「我が軍」と呼んでいる巨人なのだが、次に好きなのがベイスターズである。「ツルちゃん」と私が一方的に呼んでいる鶴岡捕手は去年まで我が軍にいて、今シーズンから古巣のベイに戻る格好になった。

 新たにバッテリーコーチに就任した秦真司コーチの影響なのか、我が軍の阿部慎之助捕手のリードが今季から劇的によくなったが、去年までの組み立てなら、私は正捕手をツルちゃんにして、「4番ファースト阿部」にしてほしいと思っていた。

 多くの人が日本一と認める阿部よりいいと思わせてくれたツルちゃんがいるのに、中畑清監督は正捕手として起用していない。若手捕手を育てようとしているのかもしれないが、ツルちゃんがサインを出すと投手の防御率が1、2点はよくなって、若手投手が育つ。そうした様子を若手捕手に見せながら育成し、現在の泥沼から脱してほしい(泥沼のなかでは育つものも育たなくなると思う)。

 ツルちゃんのよさがわからないという人は、投手がリリースする瞬間のキャッチャーミットに注目してほしい。その瞬間だけスッと下がったり、裏側を見せたりする捕手が多いなか、ツルちゃんはしっかりと固定し、的となる「面」を見せてくれるので、特にコントロールの甘い投手ほど狙ったところに投げやすくなる(中日の谷繁元信、ヤクルトの相川亮二の両捕手もそうだ。ふたりともベイ出身ですね)。

 一方の川島選手はスーパーセーブばかりが強調されるが、プロでも相手と一対一になるとすぐに足から滑ったり、相手がシュートを打つ前に体を横にする「ビビり」のキーパーが多いなか、ギリギリまで体を起こしたまま壁となって動かないところが、キーパーとしての一番の凄さだと思う。

 脇道が長くなったが、要は、川島選手もツルちゃんも「守りが堅い安心感」を与えてくれるアスリートなのである。

 彼らと同型の顔からして、梅澤助手も守りが堅いタイプであることは間違いない(私は彼の真面目な性格もよく知っている)。スマイルは、川島選手に守られる日本のゴールのように、しっかりと守られているのだ。

 報道によると、スマイルの次走は毎日王冠になるようだ。ということは、これまで同様、秋天、マイルCSというローテーションになるのだろうか。いずれにしても、秋の楽しみがさらに大きくなった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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