スマートフォン版へ

2010年BCフィリー&メアターフ、BCクラシック観戦記(無料)

  • 2012年10月31日(水) 10時00分
2010年にnetkeiba.comの携帯版・競馬総合チャンネルに掲載された須田鷹雄氏による『BCフィリー&メアターフ、BCクラシック観戦記』をnetkeiba.comで完全復刻! ゼニヤッタの夢が破れた瞬間、競馬場の雰囲気は・・・(取材・撮影:須田鷹雄)
 いまさら陳腐な表現ではあるが、競馬は難しい。力があれば絶対に勝てるというものではないし、実績で劣れば今回も勝てないというものでもない。実際、BCフィリー&メアターフはそんな結果になった。

 4角で軽やかな捲りを見せたレッドディザイア、その脚は同馬がこの舞台にふさわしい実力の主であることを象徴していたと思う。状態だって悪くなかった。多田マネージャーはレース前日、「これほど納得のいく準備ができたブリーダーズカップははじめてだ」と語ってくれた。パドックでのデキも明らかに上位だった。私の後ろでパドックを見ていたアメリカ人夫婦は、「日本の馬が、日本の馬が……」と盛んに話題にしていた。

レッドディザイア万全の出来も…

レッドディザイア万全の出来も…

 しかし、レッドディザイアは勝てなかった。4着という着順は、日本のファンが満足できるものではないだろう。その結果はなぜもたらされたのか。リプレイを見ると、一瞬の違いで有利不利が入れ替わる、機略の妙を感じる。

 レッドディザイアは10番枠という外枠のせいもあって、受身の競馬をせざるをえなかった。向正面から3コーナーでインを突くという選択肢もあったはずだが、内にいたミッデイに先手を打たれて外捲りに賭けるしかなくなった。

 そのミッデイも、シェアードアカウントがじっくりとインで脚を溜めつつ、しかしミッデイより一瞬先に抜け出すという絶妙な仕掛けをしたことによって連覇のチャンスを奪われた。ほんの一瞬の差が勝敗を分ける。これが競馬だ。結果として、前走でレッドディザイアより後ろにいたシェアードアカウントが、栄冠を手にすることになった。

 乱暴にまとめるなら、エドガー・プラドが一番上手くやったということだ。しかしそれは、デザーモが失敗したということではない。馬乗りそのものだけを取るなら、デザーモは行きたがるレッドディザイアをよくなだめていた。一瞬の判断の差に敗れたとはいえ、ひどい失敗をしたわけではない。あくまでプラドがとてつもなく上手くやったということなのだ。

 レース後、松永幹夫調教師はコメントの冒頭で、「やはり世界の壁は厚かったという感じです」と語った。しかしそれは敗者の謙虚さであって、レッドディザイアは確実に世界レベルの馬だと思う。世界レベルの馬であっても、すべての条件が揃わなければ「G1の中のG1」には勝てないということなのだ。そして、どの馬に条件が揃うのかということは、レース前には誰にも分からない。それが競馬だ。ずっと分かっていたはずのそんな真理を、改めて噛みしめたレースだった。

ゼニヤッタ、20連勝ならず…

ゼニヤッタ、20連勝ならず…

「この時間がずっと終わらないでほしい」 ブレイムとゼニヤッタがゴールポストを駆け抜ける瞬間、チャーチルダウンズを流れていた時間が止まった。不変のはずの時の刻みが、確かに止まる瞬間を感じた。ほんの2分足らず前、同じ直線をゼニヤッタは、ぽつんと1頭離れた最後方で進んでいた。大観衆は、キャリアの最後まで自分の競馬を貫こうとする名牝に、最大級の歓声を送っていた。

 向正面でも、3コーナーでも、そして4コーナーでも、観衆はゼニヤッタの勝利を信じていた。直線進路が開けた瞬間、観衆の期待は確信に変わった……はずだった。ゴールポストで時が凍りつき、やがてゆっくりと溶けだした。観衆は皆、現実と向き合わざるをえなかった。ゼニヤッタは敗れたのだ。そして自分はその事実を受け容れなければならないのだ。

 競馬の残酷さを、スタンドの全員が突き付けられた。しかし、誰もゼニヤッタに裏切られたとは思わないだろう。彼女に無限の感謝を捧げる者はいても、信じた自分を後悔する者はいないだろう。

 ゼニヤッタがなぜ素晴らしい馬なのか、もう一度思い出してほしい。彼女はリスクを恐れず、常に堂々としていたからこそ支持されたのではないか。

 条件を選ばない。強い敵から逃げない。自分のスタイルを崩さない。そして威風堂々と、19の勝利を重ねた。最後に僅差の2着が加わったからといって、誰が彼女を責められるだろうか?

 それは騎手に対しても同じだ。記者会見でマイク・スミスは「自分のミスだ」と涙ぐみながら口にした。冷静なはずのプレスたちも、ついエモーショナルにならざるを得なかった。鞍上のミスじゃなかったことは、誰もが知っている。ゼニヤッタとスミスが、いつもしてきた競馬だ。ファンもプレスも見たいと思っていた競馬だ。結果がどうあっても、それは変わらず尊いものだ。

 最後が敗戦で終わったからこそ、改めてゼニヤッタを讃えよう。ゼニヤッタは近代競馬の常識に挑戦し続け、自分の色に世界を染めてきた。自分のために声を枯らしてくれるファンを獲得し、自分のために泣いてくれるパートナーを得た。

 20戦目が1着であっても2着であっても、それは変わらない。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

専属特派員による現地からの最新情報や、著名人によるレース展望・レポートなど、日本馬出走の海外ビッグレース情報をどこよりも詳しく、より早くお届けします。公開はプレミアムサービス限定となります。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング