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ブリーダーズカップを見て

  • 2012年11月10日(土) 12時00分
 現地時間の11月3日、アメリカ西海岸のサンタアニタパーク競馬場で行なわれたブリーダーズカップターフで、武豊騎手が手綱をとったトレイルブレーザーが4着となった。

 グリーンチャンネルの中継などでレースをご覧になった方も多いはずだが、直線に向いたときには「勝った」と思ったのではないか。現地で見ていた私もそうだった。

 道中、好位の5番手を進み、3コーナー手前で外に出し、ロングスパートを武器とするこの馬のビクトリーロードを確保。勝負どこから抜群の手応えで進出して、勝ったリトルマイクの外に併せて2番手で直線に向いた。

 騎手がよく言う「脚があれば勝てる競馬」に持ち込み、懸命に叱咤したが、リトルマイクには及ばず、内のポイントオブエントリー、外のセントニコラスアビーにもかわされ、4着でフィニッシュした。勝ち馬との差は2馬身強。

 あと少しのところまで来ただけに、レース前日のアクシデントが悔やまれた。馬が自分で自分の脚を蹴って外傷を負い、予定していた馬場入りと、スタートしてからのダウンヒルとダートコースを横切る部分でのスクーリングをできなくなってしまった。池江泰寿調教師が話していたように、日本でGIに出るときも前日は馬場入りをしていないので、運動だけにとどまったことはさしてマイナスにはならなかったのだろうが、やはり、スクーリングができなかったのは痛かった。前田幸治オーナーによると、大山ヒルズで下り坂をキャンターで下ったりはしており、「坂を駆け下りる」ということに関しては、未経験ではなかった。それでもやはり、本番と同じコースで、もう少し実戦に近いスピードで走っていれば、ダウンヒルをさらにスムーズに下ることができたように思う。

 今さらあれこれ言ってもせんない「タラレバ」であるが、トレイルブレイザーは、馬場入りできなかったなかで最大限いい状態に仕上がっており、好位にスッと収めて折り合いをつけ、長くいい脚を使えるこの馬の特性を引き出した武騎手の騎乗が完璧だっただけに、見ている私も悔しくなった。

 こうしていろいろなことがあるのが競馬であり、そのリスクがいつも以上に高くなるのが海外遠征である、ということをあらためて教えられた気がする。

 ポイントオブエントリーとセントニコラスアビーにかわされたのは、スクーリングができなかったぶんではないか。そこからもう半馬身で勝ったリトルマイクに並んでいたわけだが、万全の出走態勢で臨んだとして、どちらが前に出ていたかは、流れや運によるのだろう。

 勝ったリトルマイクは人気薄だったとはいえ、今年5月にはターフクラシック、8月にはアーリントンミリオンと、それまでGIを2勝していた強豪である。ポイントオブエントリーはアメリカ東海岸最強馬、セントニコラスアビーは前年のこのレースの覇者。

 これらの強者たちにまじって、日本でGIを勝ったことのないトレイルブレイザーが、一頓挫ありながら最高峰のGIで4着になったという事実は、日本馬の水準の高さを示していると見ていいだろうう。今回が日本馬によるブリーダーズカップターフ初出走だったというのは、なんだかちょっともったいないことをしてきたようにさえ思われる。

 東海岸の深い芝ならともかく、雨の少ない西海岸の芝は荒れ気味で、丈が短くて路盤も硬い。つまり、日本のそれに近いのだ。

 来年もブリーダーズカップはサンタアニタパークで開催される。

 トレイルブレイザーの健闘に勇気づけられ、「自分たちも行ってみよう」と立ち上がる日本馬陣営が出てきてほしいと思う。

 私はレース翌日にアメリカを経ち、時差の関係で5日の月曜日に帰国した。6日はグリーチャンネル特番「日本競馬の夜明け」のロケで、日本初の女性騎手・高橋優子さんのお母さんとお姉さんに会いに水沢に行き、7日は美浦で「ミスター競馬」野平祐二氏に関する取材、8日は都内で「日本競馬の父」安田伊左衛門氏らに関するインタビュー、そして9日の金曜日は、元騎手で、今は調教師として厩舎を開業している安池成実さんに話を聞くため川崎競馬場の小向トレーニングセンターに行ってきた。これも「日本競馬の夜明け」のロケである。安池師が、なるべく顔がはっきりとはわからないように撮ってほしいと言っていたので、「ブリーダーズカップ2012」のロゴが入った帽子をお土産に買ってきて、それを目深にかぶって出演してもらった。ハナタバという可愛らしい2歳牝馬の馬房の前で私とやりとりするシーンがオンエアされるのは11月19日である。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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