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武豊のリズム

  • 2012年11月24日(土) 12時00分
 今月初め、かつて長期滞在したアメリカ西海岸のサンタアニタパーク競馬場でブリーダーズカップに参戦。翌々週には「優駿」の企画でフェンシングの五輪メダリスト、太田雄貴さんと対談をこなし、その数日後、サダムパテックでマイルチャンピオンシップを勝った。

 誰の話かは言わずもがなだろうが、そう、武豊騎手である。

 JRAのGI勝利は2010年のジャパンカップ以来2年ぶり、先頭でゴールしてのGI勝ちとなると09年、ウオッカで制した安田記念以来、ほぼ3年半ぶりのことだった。

 京都芝1600mでの成績はものすごくいいはずなのに、マイルチャンピオンシップ勝ちは21回目の参戦となった、これが初めて。バンブーメモリーでオグリキャップにハナ差敗れた1989年など、これまで2着が4回と、なぜか勝てなかった。これで「武豊はマイルチャンピオンシップを勝てない」という競馬界の七不思議がひとつ減った(じゃあ、ほかの6つは何なのかは、また今度)。

 と思ったら、JRA・GIはダントツの通算66勝目で、あと勝っていないのは朝日杯フューチュリティステークスのみとなり、次の朝日杯が大いに注目されることとなった。

 こんなふうに、ひとつ何かをやってのけるごとに記録となり、気がついたら、自然と次の見どころをつくっている。これこそ「武豊らしさ」のような気がする。

 もうひとつ、個人的な感想を言うと、冒頭に記したように、海外の大舞台に「世界のレギュラー」の一員として立ち、ほかの分野で頂点を極めた人と対談などの機会を利用して互いに高め合い、そしてビッグレースで結果を出す――という「武豊だけのリズム」とでも言うべきものを、久々に近くで感じることができて、嬉しかった。

 私は、どの分野であっても、頂点に立ってその道の「顔」となった人は、一定の社会的責任を負わされるものだと思っている。

 競馬界の「顔」である武騎手は、東日本大震災が発生した数カ月後、被災地である南相馬市を訪ね、相馬野馬追執行委員長である桜井勝延市長と対談をしたり、避難所となっていた体育館を訪ねたり、被災馬を預かっている個人を訪ねるなどした。

 その様子は本稿のスタート時(早いもので、今回が連載70回目になるんですネ)にもお伝えしたのでご記憶の方も多いと思う。

 一帯を700年以上にわたって統治した相馬氏の第34代目当主の相馬行胤氏が、「武さんが来てくれたことをネットのニュースで見て、嬉しく思いました」と話したときの表情は、今も忘れられない。

 先日のマイルチャンピオンシップ優勝を、南相馬市や相馬市、またその周辺地域で、今なお復興が進まないなか奮闘している多くの人たちが喜んでくれたに違いない。

 他人の仕事を勝手に決める失礼を承知で言わせてもらうと、そうして頑張っているたくさんの人々を喜ばせ、勇気づけることも、競馬界の「顔」であり、第一人者である「武豊の仕事」だと思う。

 南相馬市を訪ねたときは、行っただけで喜んでもらえたのだが、こうしてレースの結果を見せて喜んでもらうことこそ「武豊にしかできない仕事」であり、ほかの何物にもかえがたい価値があるのではないか。

 サダムパテックは香港マイルに向かうようだし、先述したような「武豊のリズム」がいい感じでつづきそうだ。

 さて、私はというと、相変わらずグリーンチャンネルの「日本競馬の夜明け」のロケで忙しい。マイルチャンピオンシップを日帰りで観戦し、翌月曜日は青梅の吉川英治記念館で吉川英治の長男・吉川英明氏、火曜日は「中山グランプリ(現在の有馬記念)」を発案した有馬頼寧・日本中央競馬会元理事長の孫である亀井久興氏、木曜日の朝は美浦トレセンで鈴木康弘調教師、午後から都内で菊池寛の孫である菊池夏樹氏にインタビューした。当たり前だが、撮影の仕事では私自身がその場に行かなければならないのでシンドい。

 木曜日、美浦から都内へは、撮影クルーとは別に、私だけ自分のクルマで移動した。常磐自動車道を南下していたとき、三郷あたりの渋滞表示が最初11キロだったのが、次の表示では10キロ、その次は9キロ……と減っていったので、余裕をかまし、途中のサービスエリアでメシを食っていたら、渋滞がそのまま首都高へとスライドしただけでたいして解消しておらず、ひとりだけ遅れそうになってエラく焦った。

 世界のレギュラーとして、他分野とリンクしながら突っ走るのが「武豊のリズム」であるのに対し、先を読み違えて冷や汗をかきつづけるのが私のリズムなのか。まあ、人にはそれぞれ役回りがあるのだから、よしとしよう。

 きょうは夕方6時半から都内でメシ会がある。この原稿が思ったより早く終わりそうなので、書店でブラブラしてから行っても……本当に大丈夫かな。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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