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適量と限界量

  • 2012年12月08日(土) 12時00分
 水曜日の朝はクラブ法人の会報の仕事で美浦トレセンに行き、午後からは中山競馬場で、グリーンチャンネル「日本競馬の夜明け」の私の語りパートの撮影。そして夕刻、保田隆芳氏のお嬢さんのお宅で、保田氏が1958年にハクチカラと、68年にタケシバオーとともにアメリカ遠征に出たときの写真をスキャンさせてもらった。

 翌木曜日の朝は大井競馬場で高橋三郎調教師にインタビューし、午後から東京ドームにある野球体育博物館で館長にインタビューしたり、ブツ撮りするなどして、30分×13回オンエアの「日本競馬の夜明け」のロケが、すべて終了した(なぜ野球体育博物館でロケをしたのかは、有馬記念が行われる週に「日本競馬の夜明け」を見ていただけばわかります)。

 10月初めから12月末までの3カ月間(=ワンクール)で週1回のオンエアだと13回オンエアすることになる。だから、テレビ業界の人たちは、「13回にわけてひとつの作品を完成させる」というサイクルに慣れているらしい。

「13回って、結構なロングランですよ〜」と始まる前から脅かされていたのだが、今はつくづく本当だな、と思う。

 まだ暑い盛りに打ち合わせをし、前田長吉、尾形藤吉、保田隆芳、下総御料牧場と小岩井農場……といったテーマを13回ぶんリストアップしたとき、私は「これを本当に全部完成させることができたらすごいですね」と言ったことを、今もよく覚えている。すべてのテーマで取材対象を充分見つけ出すのは無理だろうと思っていたのだ。が、なんと、できてしまった。これで長い戦いが終わるのかと思うと気が抜けて、久しぶりに風邪を引いてしまい、今、喉が猛烈に痛い。

 それはさておき、13回、である。確かに長かったが、これが半分ほどの6回か7回だったら物足りないし、倍の26回だったら私は疲弊しすぎて使い物にならなくなる。

「日本競馬の夜明け」は「競馬歴史ドキュメント」だったわけだが、こういうシリーズ番組というのは、13回ぐらいが適量かつ限界量なのかもしれない。

 適量と限界量がほぼイコールというのが面白い。

 しかし、考えてみれば、適量と同じくらいかすぐ上が限界量というものは、案外多いような気がする。

 例えば、JRAのGIの数はどうか。22レースというのは、長い年月をかけて少しずつ増えてきて、牡も牝も、スプリンターもステイヤーも、芝が得意な馬もダート馬も頂点を目指す場がある、という適量であり、なおかつ、これ以上増えたらGIの価値が下がりかねないという限界量でもある。

 また、これは競馬に限ったことではないが、「三強」という言葉がある。ディープインパクトの「一強」も、メジロマックイーンとトウカイテイオーの「二強」もよかった……という話ではなく、「強」につく数字としては、「三」が適量であり、また限界量でもあるらしい。「四強」や「五強」という言葉もなくはないが、それだけ強い馬や人やチームがいる状況は「混戦」だとか「群雄割拠」という言葉のほうが似つかわしい。

 物書きとしての私の場合も、適量と限界量が非常に近い。週刊と月刊の連載エッセイが一本ずつ、さらに週1本の連載小説と、ときおり単発のインタビューやエッセイ、ノンフィクションの依頼がある……というくらいが適量であり、それよりちょっと増えるだけで倒れそうになる。逆に、それより少ないと、自分が「物書き」より「ニート」側に寄っているように感じられて、忙しいとき以上に精神的に苦しくなる。これはひょっとしたら有名な言葉なのかもしれないが、「忙しすぎて死んだ作家はいない」ので、減りすぎるよりは増えすぎるほうがいいに決まっているのだ。

 今年一杯で当サイトの連載小説「絆」は終わるのだが、来年、週刊の紙媒体で連載小説が始まるので、物書きとしての適量を保つことができそうで、よかった。

 毎度のことだが、とりとめのない話になってしまった。

 今、札幌の実家に来ている。すっかり雪景色になっていたので驚いた。さっき、知り合いの自動車工場まで夏タイヤのままビビりながら運転し、スタッドレスに交換してもらった。

 ほぼ丸4年入院していた76歳の父が、来週退院する。先月、その父が退院に向けて外泊練習したとき、長年つけたり消したりしていた自分の部屋のストーブのスイッチさえわからなくなっていたので不安になった。

 最初は脊柱管狭窄症の手術ために入院し、院内のトイレで転んで顔や肋骨を骨折して寝たきりになり、認知症がひどくなって、最終的に別の病院の介護保険病棟に入院することになった。一時は要介護認定4まで行ったのだが、主治医も驚くほど回復し、シルバーカーを押しながらなら歩けるようになった父にとって、4年の入院は適量も限界量も大きく超えていることは間違いない。

 父が通う介護施設の下見や、ヘルパーさんに来てもらう曜日と時間を決めたりと、退院前にやらなきゃいけないことは多い。その前に、まず自分の風邪を治さなきゃな。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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