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誰も想像できなかった独走劇/天皇賞(秋)

  • 2013年10月28日(月) 18時00分
 差をつけて圧勝した馬だけが美しく素晴らしく映るのは、勝者と敗者にはっきり分かれたから当然のことである。しかし、4歳ジャスタウェイ(父ハーツクライ)が届いて差し切るシーンを思い描いた人びとも、まさかジェンティルドンナ(父ディープインパクト)に4馬身もの大差をつけて独走するとは、想像もできなかった。

 レース再生をみると、抜け出したジャスタウェイのフットワークはまだまだもっと差を広げたいかのように鋭く回転している。ジェンティルドンナのストライドと、やっと3番手に上がったエイシンフラッシュのそれは、スローモーションのように鈍っていた。

 ジャスタウェイは2歳夏の新馬戦を5馬身差で勝った。でも、そのあとは3歳春のアーリントンCをきわどく勝っただけで、ここまで15戦【2-5-1-7】。わずか2勝馬。とくに前3戦は最速上がりを記録していながら、重賞で2着つづき。積もり積もったやるせなさを、まとめて爆発させたかのような独走である。なにもここでジェンティルドンナに4馬身も差をつけるなら、小出しに分散してくれれば、エプソムCも、関屋記念も、毎日王冠でも、いやいや昨年の天皇賞(秋)だってもっといい競馬をできたはずなのに…と、振り返りたくなってしまう。

 いま充実の4歳秋、栗東の坂路調教で少し飛ばすと最後13秒を切るのがやっとだったのに、現在は楽に12秒台でフィニッシュできる。明らかにパワーアップしているのである。そこに、牡馬のビッグレースは弱いなどといわれた今春までとは、まるで違う福永祐一騎手の運気も重なった。福永騎手は、1972年ヤマニンウェーブの洋一騎手につづいて天皇賞(秋)父子制覇。オーナーの大和屋氏も、父ハーツクライ(その父サンデーサイレンス)も初のGI制覇だった。

 完全な良馬場より少し柔らかい印象もあったが、予想以上に早く回復した馬場は、良馬場発表。武豊騎手のトウケイヘイロー(父ゴールドヘイロー)がレースを作った結果、

前後半の1000mは「58秒4-後半59秒1」=1分57秒5。

 前2年の前半56秒5、57秒3はシルポートだけが離して飛ばした記録であり、ダイワスカーレットがハナを切り、ウオッカが並んだハナ差名勝負の2008年が、前半58秒7。当時レコードの1分57秒2だった。今年も同様に息の入れにくい高速の平均ペースである。

 武豊騎手がレースを作る立場のGIで、スローの逃げはない。「前半1000m通過58秒4-1200m通過1分10秒3-1600m通過1分33秒8…」はほぼ予測どおりだった。

 だが、2番手以下が離れてくれて前半「58秒4」なら、気分良く自分のリズムもありえるトウケイヘイローだが、ダイワファルコン(15着)、レッドスパーダ(17着)、ダノンバラード(16着)など、こういうペースに乗っては苦戦必至の先行タイプのやむを得ない接近は、伏兵にも立場というものがあるから仕方がないが、ジェンティルドンナまで2-3馬身差で離れず追走の形になったのは、トウケイヘイローにとっても、さらにはジェンティルドンナにとっても計算が違っている。そのうえ、(昨年ほどはともかく)もっと控えて進むはずのエイシンフラッシュまで先頭のトウケイヘイローから1秒差くらいの位置を追走している。

 トウケイヘイローは人気の逃げ馬ゆえ、思わぬマークを受けては、こういう失速は仕方がない。自身がなかば納得の「前半58秒4…」のペースを作った以上、たとえ苦しくなっても後半「59秒0前後」でまとめないことには、秋の天皇賞の主役とはなれない。レース前は落ち着いていた。後続に最初から接近され、ましてやその後続の先頭がジェンティルドンナでは、息を入れる場所も探せない。期待されたわりに、やっぱり一本調子の死角をみせてしまったが、まだ4歳秋。コースが変われば巻き返せる。逃げ馬の失速は、5着も、10着も同じことである。

 ジェンティルドンナは、パドックを出るあたりからちょっとチャカつき始めたのが、思わぬ好スタートの伏線か。これで新馬戦を含めポン駆け【1-3-1-0】。反応が鈍くなることが多かったため、岩田騎手も流れに乗り遅れるのを嫌いたい気があったかもしれない。

 予想外の2-3番手追走で、ジェンティルドンナの前半1000m通過も「58秒8(推定)前後」になってしまった。この牝馬、すべて1600m以上に出走し、先行抜け出しも、直線強襲もあるが、ここまでの最高前半1000m通過記録はシンザン記念1600mの「59秒6」である。今回は前半1000m通過が、突然、約1秒近くも速かったのである。

 ビッグレースの前半ゆったりペースにすっかり慣れていたから、いきなり58秒台での先行はリズムに合わなかったことが推測される。だから、負けはしても、「やっぱりジェンティルドンナは強い」ことには変わりないが、ドバイシーマC、宝塚記念、天皇賞(秋)。今年【0-2-1-0】。凡走は一度もない。しかし、惜しいという敗戦も1回もない。チャンピオン牝馬の次の予定は、昨年、2分23秒1でオルフェーヴルを倒したジャパンCになる。「次は大丈夫」と信じるファンと、いまから舌舐めずりする「打倒ジェンティル派」の戦いは、始まっている。

 エイシンフラッシュも、悪いことに絶好のスタートを切ってしまった。道中、中団よりちょっと前の8番手くらいを追走。ふつうの馬なら絶好のポジション確保である。逃げているのはトウケイヘイロー。それをマークする2馬身ほどあとにジェンティルドンナ。そこから中間の1000m通過地点で4馬身差くらい後方を追走となった。推定1000m通過は59秒4前後。

 振り返ってみて驚いた昨年の天皇賞(秋)は、先行馬など無視して自身の前半は「60秒8(推定)」前後だった。知られるように、エイシンフラッシュは日本ダービーや有馬記念、毎日王冠のように、超スローペースを楽に追走の爆発力勝負か、あるいはハイペースの他の有力馬と歩調(ペース)を合わせなかった昨年の天皇賞(秋)でしか快走していない。特異な追い込み馬である。

 4コーナー手前で、「これはうまくいきすぎている」。M.デムーロ騎手も望外の展開に、逆に危険を察知したように待った気がする。仕掛けをひと呼吸どころか、3呼吸くらい遅らせている。でも、あまりに道中がうまくいきすぎ、この馬にしてはハイペース追走になった時点で、もう結果がみえていたように思う。直線、インが詰まっていたのはたしかだが、外に回ってからもエイシンフラッシュは爆発しなかった。それにしても不思議な馬である。本当にヨーロッパタイプだからこうなるのかは、正直、分からない。弱気にならず、ジャパンCに挑戦して欲しいものである。ほかにもう目指すべきレースはないだろう。

 4歳アンコイルド(父ジャイアンツコーズウェイ)は、目下の充実を示すようにこの相手に4着なら納得か。トレヴと同じ牝系。これからまだもうひと回りスケールアップしてくれる。

 3歳コディーノ(父キングカメハメハ)も5着なら、評価急落に反発の姿勢をみせたとはいえるが、ジャスタウェイから約7馬身半差。1分58秒8(上がり36秒1)もちょっと平凡。マイル路線で反撃することができるだろうか。幸い、いまマイル路線にチャンピオン級は少ない。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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