スマートフォン版へ

戸崎騎手が勝たせた一戦/アルゼンチン共和国杯

  • 2013年11月04日(月) 18時00分
 ちょっと地味な印象があり、だいたい人気の中心になることはない。でも、本当は侮りがたい能力を持ち、きわめてタフな成長力にあふれ、いつも人気以上に走ってくれる馬というのはいつの世代にも存在する。

 アスカクリチャンは評判馬としてのデビューではなく、勝ち上がったのは11戦目の未勝利戦。そのあと、地道に、しだいに力をつけ、4歳末までに5勝もしていつのまにかオープンに出世している。でも、その名前もあって重賞で人気の中心になることはない。5歳夏に「七夕賞」を制したときは内田博幸騎手に代わりながら14番人気。今回のAR共和国杯も7番人気止まり。

 父スターリングローズ(その父アフリート)は、決して無名の種牡馬ではなく、40戦14勝の活躍馬。シリウスSやプロキオンSを勝っている。ただ、ビッグレースを制したのはJBCスプリント、かしわ記念など交流競走だった。また、全姉のゴールデンジャックは桜花賞トライアルを8番人気で制し、オークストライアルも6番人気で勝ち、本番オークスは6番人気で2着だったくらいで、芝のビッグレース向きとは思われていなかったから、スターリングローズはもともと派手な一族ではなかったとはいえる。産駒もダート巧者が多い。

 母の父ダイナレター(その父ノーザンテースト)は、ダート1700mの札幌記念を勝ち、61キロの京葉Sや、62キロの武蔵野Sを制し、35戦12勝。89年の最優秀ダートホースになったチャンピオンホースである。ただ、種牡馬となってからはやや不振で、その血を伝える繁殖牝馬はもうほとんどいないという点でマイナー系かもしれない。母ローレルワルツの半兄はシグナスヒーロー(その父イナリワン)。98年の日経賞で単勝355倍のテンジンショウグンが勝ったときの、こちらも人気薄の2着馬である。ファミリーには、牝馬ながら60戦以上もしたプリンセストウジンとか、シクレノン…の馬が並ぶから、やっぱり全体イメージとしては地味である。

 レース流れは予想されたよりだいぶ緩く、2500m2分30秒9の中身は、「前半1200m1分13秒3-(6秒2)-後半1200m1分11秒4」。中間地点で、人気上位のルルーシュ、メイショウナルト、ムスカテールが固まって先行馬の直後の好位につけ、それを見るようにアスカクリチャンが追走する形になった。

 後半の4ハロン「…11秒9-11秒8-11秒6-11秒8」という珍しい一定ラップの上がり時計が記録されたあたりが、いかにもG2の長距離戦らしい後半か。この上がりなら、先行タイプにとっても、差し馬にとっても、さらにはちょっとジリ脚の馬も力は出し切れる。

 人気上位馬を見ながら進む展開になったアスカクリチャンの戸崎圭太騎手は、こういうゆったりペースの馬群の中で折り合い、ムダな動きを避け、スタミナをロスすることなく直線の坂まで持ってくる技術にその真価があると思える。そこからのコース選択も変幻自在である。坂上からだけの逆転台頭も珍しくない。

 14番人気で抜け出した昨年の七夕賞(内田博幸騎手)も、今年の夏の函館記念→札幌記念(ともに岩田康誠騎手)の3-2着も、アスカクリチャンにとっては最大能力を出し尽くしたようなところがあり、力をつけたといっても、さすがにGI級の評価はむずかしい。人気馬の動きを見るようにその直後でスタミナを温存し、開いたインをみつけて一気にスパートして能力全開。勝ったのはアスカクリチャンではあるが、勝たせたのは戸崎騎手。そんな2500mのハンデ戦だった。

 アスカクリチャンはとくにだれという主戦騎手のいない馬。乗り替わって巧みに能力を引き出してみせるジョッキーも素晴らしいが、うまくそのレースにぴったりくるような騎手を配するあたりが、須貝尚介調教師の手腕なのだろう。

 1番人気のメイショウナルト(父ハーツクライ)は、好位追走から後半失速して14着。セン馬となって良さを発揮しはじめ1000万特別を勝ったときに、武豊騎手が「夏の小倉記念に行きましょう」といって、実際に小倉2000mを1分57秒1のレコードで勝った馬であることは知られている。父ハーツクライ、母の父カーネギー。たしかに本物になれば距離をこなして不思議ない背景はあるが、平坦巧者の多いミユキカマダの一族でもある。武豊騎手のメイショウナルトに感じた閃きはあまりにマトを得たものだったというべきだろう。距離経験のない今回はこのペースだから少し行きたがり、スタミナ勝負に対応できなかった。

 2番人気のムスカテール(父マヤノトップガン)は、あまりスタートは良くなかったが、少し気合をつけ人気のメイショウナト、ルルーシュなどをマークする位置取り。U.リスポリ騎手とすれば予定通りの考えた作戦だったと思えるが、流れに乗せようとした時点でもう行く気になってしまったのが誤算。直後の戸崎騎手とは騎乗の流儀が異なることもあるが、騎手が力で折り合わせ、パワーの追い比べで…というタイプではないから、このテン乗りはミスマッチだった気もする。日本の長距離戦はそんなに簡単ではないのである。

 そういう点では、ベテランといっていいI.メンディザバル騎手のほうがアドマイヤラクティ(父ハーツクライ)に道中でロスを与えなかった。スタートしてすぐ外枠のコースロスを防いでいる。メイショウナルトと同じハーツクライ産駒だが、こちらはすでに3400mのダイヤモンドSを勝っているからスタミナの裏付けは十分。最後は底力でルルーシュを交わしてみせた。力は出し切っていると思える。

 ここまで東京芝【4-2-0-0】の良績を誇ったルルーシュ(父ゼンノロブロイ)は、予測された位置取りでうまく流れに乗っているように映ったが、こういうペースに慣れているはずが終始行きたがっていた。完調というにはもう一歩だったのだろう。

 ムスカテール、ルルーシュはここで望ましい結果が出るなら、ジャパンCへ…の展望があったと思えるが、ともに57.5キロのトップハンデが応えたというより、残念ながら評価のわりに案外だった。

 上がり馬エックスマーク(父ディープインパクト)はアドマイヤラクティとだいたい同じような位置取りで、うまく後半にスタミナを温存していたが、直線スパートしようとするところで前が詰まっていた。あそこでブレーキは痛い。ちょっと脚を余した7着だった。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング