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第5回ジョッキーベイビーズ

  • 2013年11月06日(水) 18時00分
 先週土日は東京競馬場に出張していた。日曜日に今年で5回目となるジョッキーベイビーズ(以下JB)が開催されたからだ。アルゼンチン共和国杯のこの日、東京は晴天で暖かく北海道から行った私にとっては夏に逆戻りしたような陽気に感じた。いつものことながら北海道と首都圏とではかなり気候が違う。前日の朝、千歳空港から出発した時にはほとんど0度近かったのに。

 JBは日曜日の昼休みに行われる。今年は新たに東海地区が加わり、その分北海道枠がひとつ削減された。北海道、東北、関東(2人)、長野、東海、関西、九州という地区割になる。そして、便宜上、馬番も北から南に向かって付されている。

 出場選手8人の“戦い”は前日から始まる。午後2時の東京競馬場乗馬苑に集合した面々は、まず説明会からスタートだ。ただ5回目ともなると最初の頃のような張りつめた緊張感はなくなっており、割にリラックスムードである。JBが始まった頃には、説明会からピリピリしており、親子が並んで座りじっと説明を聞くというような雰囲気があったが、今年あたりは出場選手同士が仲良く並んで座り、親は別のところにいるというような例もあった。東海北陸地区を中心に草競馬で顔を合わせるメンバーが各地の予選を勝ち抜いてきているため、すでに顔見知りどころか友人になっているのである。

 出場選手は次の通り。1.北海道・大池駿和(はやと)君・11歳(小5)。2.東北・松本恵昌(けいすけ)君・13歳(中1)。3.関東・菅原明良(あきら)君・12歳(中1)。4.関東・斎藤新(あらた)君・12歳(中1)。5.長野・大野木隼斗(はやと)君・9歳(小4)。6.東海・伴凌次(りょうじ)君・10歳(小4)。7.関西・松本大輝(ひろき)君・11歳(小5)。8.九州・吉永彩乃(あやの)さん・11歳(小6)。

 今年から出場資格が小学校4年生以上となった。北海道の大池駿和君は姉2人が昨年と一昨年、JBに出場しており、兄弟で3人目となる。東北の松本恵昌君は母が乗馬の指導者という。関東の菅原君は元騎手の三浦堅治さんが血縁とか。斎藤新君は父が調教師の斎藤誠さん。長野代表の大野木君は2年生から草競馬に出ており経験豊かな子だ。伴君も昨年、一昨年と続けて長野予選に出場している。関西の松本大輝君は父が元騎手の松本達也さん。顔が小さく手足の長い体形で騎手志望という。九州の吉永彩乃さんは2度目の出場で、メンバー中の紅一点である。因みに、初の代表を送り込んできた東海地区からは、地元CBCテレビの取材チームが伴凌次君にずっと密着していた。

 説明会はJRA職員が要点のみを簡単に話し、すぐに抽選会となった。抽選は2回行われる。まずくじを引く順番を決める抽選と、実際の騎乗馬を引く抽選である。ややこしいがあくまで公正を保つ上でこの方法はやむをえないところ。この時だけはやや緊張感が漂った。グリーンチャンネルで各地の予選を見ている出場選手たちはおおよその馬の能力を知っており、どの馬に当たるかが最大の関心事なのは言うまでもない。ただし事前に出走予定馬が公表されることはない。

 厳正な抽選の結果、次のように騎乗馬が決まった。1.大池君(栗姫)。2.松本恵昌君(レインボー)。3.菅原君(ハショウボーイ)。4.斎藤君(ブッチー)。5.大野木君(ホワイトソックス)。6.伴君(チェリー)。7.松本大輝君(エンベツクィーン)。8.吉永さん(オオタニハヤテ)。

 昨年あたりから練習時間が短縮傾向にあり、今年も各馬の馬装が終わって前日練習が始まったのは午後4時になってからであった。曇りがちの天候でやや肌寒く感じる中を8騎がさっそく部班を開始する。しかし、4.斎藤君のブッチーがなかなか言うことを聞かない。

 JRA職員が乗り替わり、何度も“再調教”するものの、時折首をガクンと下げ、乗り手を振り落とそうとする。かなり手こずっている様子であった。

前日の試走風景

前日夜に行われた試走風景

 最終レースが終わるのを待って、本馬場に移動し、試走するのも例年通りだが、ここでブッチーがついに斎藤君を乗せたまま内埒に激突するアクシデントが発生した。2〜3騎ずつスタート練習を兼ねてキャンターでコース半ばまで走るはずだったが、そのスタートでブッチーが気性の難しいところを見せてしまったのだ。バキッという音がやや離れた場所にいる私の耳にも聞こえた。ブッチーだけがそこでまた何度もJRA職員によりスタート練習の“特訓を施されることになった。

 乗馬苑に駆けつけた父の斎藤誠調教師は「あれくらい乗りこなせないと駄目だよ」と子息に厳しいことを言っていたものの、ついに翌日には「より安全にレースを実施する」観点から、騎乗馬を変更する措置が取られた。

 乗り替わりは昨年もあったことだし、何より安全が最優先である。もし本番でまたブッチーが気性の難しさを出してしまえばレースが台無しになる、と主催者が配慮したのだと思われる。

岡部幸雄氏と記念撮影

岡部幸雄氏とともに記念撮影

岡部幸雄氏から激励

岡部幸雄氏から激励を受けるジョッキーベイビーズたち

 翌朝、9時に乗馬苑に行くと、斎藤君の乗り替わりが伝えられた。誠氏は「ブッチーを乗りこなしてこそ出る意義があるのに」と言い「ユキノヒビキは馬格もあるし能力が高いから、これで勝ってしまったりすると顰蹙を買うかも知れないですね」と懸念していた。

 岡部幸雄氏が乗馬苑に現れ、出場選手たちを激励してくれた。JBに大きな関心を持っておられる岡部氏はさっそく吉永彩乃さんに近寄り「僕は君のファンなんだよ」と話しかける一幕もあった。一昨年に4年生で初出場した吉永さんは2年間でずいぶん大人っぽくなり、ヘルメットやゴーグルにサインをしてもらっていた。

 前日同様、当日も練習時間はかなり短縮されていた。長い時間乗ってもかえって逆効果であるとの判断から、必要最低限のウォーミングアップだけを行い、本番に備えることになったらしい。回を重ねてきてこれがベストであるという結論に達したのだろう。

 天候は晴れ。汗ばむほどの陽気で絶好の競馬日和。小休止の後、11時過ぎにいよいよ騎手たちは馬上の人になる。本番まであと少しだ。

 第4レースがダートコースで行われスタンドから歓声が聞こえてくる。それが終わり、優勝馬の口取りが済むのを待って、本馬場入場である。ターフヴィジョンにJBが告知される。外埒沿いを8騎がJRA職員に引かれて入ってくる。先頭を進むのは誘導馬ストラディヴァリオに乗った「サザエさん」だ。残り200m地点で各馬はスタート位置に戻って行く。

サザエさん騎乗の誘導馬を先頭に入場

サザエさん騎乗の誘導馬を先頭に入場

スターターは昨年優勝の小林勝太君

スターターは昨年優勝の小林勝太君

 ヴィジョンには出場選手たちが順に紹介される。芝コース400mのスタートは4コーナー近く。ゲートではなく、カウントダウンによって一斉に係員が手綱を離す方式である。

 11時50分。昨年の優勝者・小林勝太君がスターター台に上がり旗を振る。場内にG1ファンファーレが鳴り響く。競馬博物館で何度も練習したという旗振り姿がキマっている。ヴィジョンに映し出された数字が3、2、1と進み、観衆が見守る中、ゼロで8頭がスタートした。

 横一杯に広がり各馬がゴールに向けて疾駆してくる。斎藤君がややリードするも松本大輝君や吉永さんもあまり差のないまま続く。菅原君と大池君も必死に追う。大野木君と伴君はやや苦しい。

 残り100mあたりで最内を進んできた松本恵昌君がバランスを崩しているのが分かった。残り僅かのところで松本恵昌君はついに落馬。JB初の「競走中止」が出てしまった。

 見たところすぐに起き上がったのでそれほど大きなダメージはないように見えたが、落ちた直後に斎藤新君がガッツポーズでゴール板を駆け抜け、ちょうど好対照の2人が重なる構図の写真になってしまった。

レース風景

左から、吉永、伴、大野木、松本大、大池、斎藤、
菅原、松本恵の各騎手

優勝は斎藤新君

ガッツポーズでゴール板を駆け抜けた斎藤新君

 落馬はレース後にも発生した。優勝した斎藤君とその直後を進んでいた菅原君の2人も落ちてしまったのだ。菅原君は鐙に足が引っ掛かったまま馬に引きずられたことから1コーナー埒沿いあたりで動けなくなり、担架で搬出されることになった。後で聞いたところでは打撲で済んだとのことで、不幸中の幸いと言う他ないが、菅原君はそのために表彰式にも出られずに終わった。

 勝った斎藤君は乗り替わりによって心中やや複雑な部分もあったことと思うが、表彰式では「この結果を得られたのは周囲の皆さんのおかげです」と殊勝にコメントし、プレゼンターを務めた武豊騎手から「騎乗内容といいコメントといい、とても勉強になりました」とお褒めの言葉をもらっていた。斎藤君は騎手を目指している。

 なお、最優秀技術賞には2着の松本大輝君が受賞した。頭が小さくヘルメットのよく似合う松本君も将来は騎手になりたいという。

 出場選手の関係者の中には、今回落馬が発生したことで今後の開催を危ぶむ声もあったのだが、午後にゴンドラ席で行われたゼッケン授与式に臨席した益満開催委員長が「より安全に配慮して今後もできるだけ続けたいと思っています」と明言されていたのが印象に残っている。

表彰式風景

表彰式のプレゼンターは武豊騎手、北村宏司騎手

 全国の乗馬に勤しむ少年少女たちのあこがれの舞台として、JB開催がとても大きな意義を持つのは間違いなく、是が非でもこの企画は続けて頂きたいと切に願う。JBの存在があってこそ「騎手になりたい」という夢を持つ子がたくさん現れることが今後の競馬を支えて行くものと信じている。

 最後に落馬した松本君と菅原君の症状について少し触れる。松本君は両手の指を数本骨折しているもの至って元気で「楽しかった。痛みはありません。友人に自慢できる」と話しているらしい。また菅原君は湿布もせずに今日から騎乗開始の予定という。かえって「自分のせいでJBが中止になっちゃったらどうしようと心配している」とか。

 この経験は必ずや2人をさらに大きく成長させてくれることと思う。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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