スマートフォン版へ

驚くべきミラクルホース/マイルCS

  • 2013年11月18日(月) 18時00分


◆重みのある武豊騎手の言葉

「すべてがうまくいった」と武豊騎手が振り返る完勝。これでGI競走通算100勝。

 GIレースを制するには、馬の能力、騎手の手腕、レースでの幸運、関わる人びとの協力、仕上げるスタッフの技術、さらにはファンの後押しまで、ことごとくが求められる。

 武豊騎手のGI競走100勝には、海外での7勝も、公営競馬での27勝も含まれる。だからこそ、すべてがうまく…の短いひと言ではあっても、そういう意味のさまざまな「すべて」だったに違いないと思わせてしまう重みがあった。

 5歳トーセンラー(父ディープインパクト)は、20戦目の今回、はじめて1600mへの挑戦だった。ここまで距離1800mはきさらぎ賞など2戦2勝。もうひとつの勝ち星は2200mの京都記念である。ふつうなら1600mへの挑戦など少しも不思議ではなく、マイルのGIを勝つくらいの馬はそれより1-2ハロン長い距離もこなせる馬。そういう距離に対する鉄則がぴったり当てはまる、切れるディープインパクト産駒である。

 でも、トーセンラーは、3200mの天皇賞(春)に挑戦し、3分14秒4の快時計(父ディープインパクトのレコードとわずか1秒0差)で乗り切っている。ここが今回の初の1600m挑戦にあたり、懐疑を感じさせ、しかしなぁ…、と不安を思わせるところだった。

 でも、距離2000m以上にしか出走経験のない父ディープインパクトの秘めていたスピード能力と、産駒への伝達に疑問をもつ人間はひとりもいないわけであり、実際、今回のマイルCSには、ダノンシャーク、安田記念のリアルインパクトなど、トーセンラーを含めると、その産駒を計「5頭」も出走させている万能に近いスピード系種牡馬である。

 前回からもう和田竜二騎手に乗り代わっているから、別に昨年の勝ち馬サダムパテックと比較して急に選んだわけでもなく、武豊騎手のトーセンラー(ミスタープロスペクター直仔リシウス産駒の母は、6.5ハロン以下で3勝だけ)のマイルCS挑戦は、それは初めての1600m出走でもあり、管理する藤原英昭調教師にしても、人気馬ゆえに、「こればっかりは、走ってみないと…」とは言いながら、実際には不安は少々だったと思われる。

 また、レースでの幸運もあった。今回が超ハイペースの展開なら、実はトーセンラーはもっと楽に差し切ったかもしれないが、前後半バランス「46秒8-45秒6」=1分32秒4。どの馬も楽に追走できたスローにも近い流れは、初の1600m挑戦になったトーセンラーにとって、無理なく追走して得意の京都の「切れ味勝負」に持ち込める、望外の楽なペースだったろう。マイルにしてはゆったりペースで、馬群は一団に近い。4コーナーにさしかかるまで、他馬もそうだったが、トーセンラー(武豊)はほとんど馬なりの追走だった。

 しかし、みんながいろんな距離に出走した4半世紀も前なら驚かないが、2マイルを3分14秒4で乗り切ったその秋に、マイルを1分32秒4で楽勝したのは驚くべきことであり、産駒の中で「1番ディープインパクトに似ている…武豊騎手」というトーセンラーは、これがわずか4勝目とは信じ難いミラクルホースである。

 陣営(オーナーサイド)は、レース直後に「有馬記念に登録する」ことを早々に匂わせた。トーセンラーは、なにせまだ1600-2200mでの4勝馬だから、今度はコース適性(中山は、2着、10着)を問われる。そう、有馬記念にはキズナも出走を予定している。騎手はどうなるのだろう。オルフェーヴルの引退レースになる有馬記念は、少し熱くなりそうである。

◆ダイワマッジョーレは父のような先行型を

 4歳ダイワマッジョーレ(父ダイワメジャー)は、この緩い流れにもっとも巧みに乗った。一度は先頭に立ちかけたように映ったが、それも一瞬、最後の1ハロン「11秒5」の爆発力勝負で勝ち馬に見劣ってしまった。しかし、古馬オープン馬に昇級してこの1年【1-5-0-2】。素晴らしい充実である。

 蛯名正義騎手が「バテないが…(切れない)」と振り返るように、課題は追い比べになっての鋭さ強化か。父ダイワメジャー(母スカーレットブーケ)の一族は、総じてだが、鋭さより決して簡単には音を上げない粘り強さが真価であり、その良さを受けたダイワマッジョーレはトーセンラー型には変身しにくい。蛯名騎手が「本当は先に抜け出そうと思っていた」とコメントした通り、目指すは父ダイワメジャーや、ダイワスカーレットのような果敢な先行型かもしれない。4分の3兄ハイアーゲームの代表するファンジカの牝系は奥行きはある。

人気の中心になった5歳ダノンシャーク(父ディープインパクト)は、これでGII-III【2-4-1-4】に対し、GI競走【0-0-2-1】となった。小差の3着ではあっても、安田記念の3着と同じで、必ずしも惜しいという3着ではないのが、ダノンシャークのつらいところか。福永祐一騎手とのコンビは【3-3-2-0】で文句なし。とくに、完成されたこの1年間のマイル重賞は、1度も崩れたことはなくすべて3着以内。ただ、同じディープインパクト産駒のトーセンラーとは勝ちみに遅い点は似ているものの、その理由は異なる。

 単騎の逃げに持ち込んだ3歳コパノリチャード(父ダイワメジャー)は、スローに近いマイペースとはいえ、0秒6差の4着は立派。今回はさすがに相手が悪すぎたが、1分20秒8で押し切ったスワンS1400m「35秒3-(11秒5)-34秒0」のように、後半スパートできる自在の快速系。これからマイラーとしてパワーアップできるだろう。

 人気上位馬では、4歳クラレント(父ダンスインザダーク)は、秋シーズンの健康で体調のいい馬が得てして陥りやすいワナにはまった印象がある。充実して馬体重増加は悪いことではないが、どんどん大きくなってきた馬体が、今回はいきなりプラス12キロ。自己最高を大きく更新する502キロに達してしまった。見方にもよるが、パドックに登場するとちょっと立派に映りすぎたのは否定できない。

 グランプリボス(父サクラバクシンオー)は、この秋2戦、距離短縮に新しい一面を探っているうちにリズムを崩してしまったかもしれない。調教は時計ではないが、今回の追い切りは肝心の闘争心を欠いていた。

 ムリ筋は承知で大駆けに期待した4歳サンレイレーザー(父ラスカルスズカ)は、トーセンラーに次ぐ上がり33秒6で伸びたが6着。14番人気評価の伏兵だからこの程度の結果でも納得するしかないが、若手の藤岡康太騎手、技術ではなく、せっかくのGIなのにちょっと気迫負けの物足りなさが残った。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング