◆一人ひとりが違う感想を抱きそうな桜花賞 期待通りだったか、いや期待を上回る強さを爆発させたか、そんなに驚嘆するほどではなかったか。注目の
ハープスター(父ディープインパクト)の桜花賞制覇には、一人ひとりがみんな異なる印象をもち、このあと展開されるだろう「ハープスター物語」の進展には、また一人ひとりみんなが異なる感覚を覚えそうな桜花賞だった。
最後方からの追走はちょっとばかり予想外だったが、ハープスターがあまり巧みなスタートではなく、最後方追走の形になってもだれも不安は感じなかった。届くに決まっているはずであり、実際、きっちり差して「1分33秒3」。2010年のアパパネと並ぶ現阪神コースの桜花賞レコードとタイ記録だった。見事な快勝である。
横山和生騎手の
フクノドリーム(父ヨハネスブルグ)が行き出すと、前半「…33秒8-45秒3-57秒0→」で飛ばした。18番人気の伏兵とするとこれは精いっぱいの演出であり、フクノドリームはなんと残り100mまで先頭、1分34秒9でがんばった。
2番手グループの先頭だった
ニホンピロアンバーの前半1000m通過は「…47秒1(推定)-58秒8→」である。ニホンピロアンバー(17着)、
コーリンベリー(18着)、
カウニスクッカ(16着)などの先行型は大きく失速したものの、最終的に1分33秒台乗り切った上位8着馬までのうち、もっとも前の7-8番手に位置した8着
フォーエバーモア(父ネオユニヴァース)のレースバランスは「47秒6-46秒3(推定)」=1分33秒9と計算される。
したがって、実際のレースとはそういうものではないが、仮にフクノドリームから目を離してレースを振り返っていいなら、主力馬にとって、実質のレース全体はごく標準の楽なペースであり、レースは少しも壊れていない。だから、人気上位9頭のうち、
ベルカント(4番人気)をのぞく8頭はみんな1分33秒台で乗り切り、きっちり上位8着までを独占している。
1分33秒9のフォーエバーモアが、勝ち馬と0秒6差。このあとさまざまな路線を歩む各馬にとり、1分33秒台で桜花賞8着以内は、きわめてふつうの流れで,レースが破綻していない中での記録だから、各馬の格好の能力の目安(ベース)となるだろう。
ハープスター自身が1600mを乗り切った中身は「60秒4-32秒9」=1分33秒3であり、推定前後半のバランスは「48秒8-44秒5」に限りなく近い。少なくとも前後半800mの差は4秒以上もある特殊なレース運びである。最終3ハロン「32秒9」は、現阪神コースになった2007年以降の全出走馬143頭中の、NO.1だった。
ビシビシ追いながら、さらにたくましさを増してプラス体重の478キロ。もちろんGIだから高揚はしていたが、チャカつきはなく、レースでの折り合いもまったく不安なし。4コーナー手前から大きく外に回ったコースロスを考慮するなら、実際は1600mを1分32秒6-7にもなるのだろう。秋には凱旋門賞に挑戦する可能性が高くなったかもしれない。
「勝者には何もやるな」。これは、(勝ったのだから)もうそんなに絶賛の言葉を並べなくともいいではないか…などという意味とはおよそ関係ないが、言葉を贈らないわけにはいかない。このあとのハープスターのために、あえて勝者に「心配」を送りたい。推定「48秒8-44秒5(上がり32秒9)」のバランスで桜花賞を勝ったレース運びは、はっきり誉められない。
たしかに素晴らしい能力を存分に示してくれたが、3歳春の牝馬に上がり32秒9(当然ハロン10秒台を含む)は、ただいたずらに負担がかかっただけではないか。そんな不安が生じた。最後の直線は(上がり33秒7で楽勝したチューリップ賞では見せもしなかった)ムチ10数発乱打の必死の追撃である。少しも楽勝ではない。実際のハープスターはあまり苦しくなかったかもしれないが、前半から多少なりとも負担のかかっていた腱に、最後になってこの上がりを求めたから、ハープスターの腱や脚部に多大な負担がかかった危険がある。これまでどれだけ多くの名馬が、猛然と追撃し、極限の末脚を爆発させなければ届かないレースを展開させたことにより、あたら才能を失ったことが多いかを知るべきである。
しかしこれは、実は川田将雅騎手(28)の騎乗を非難しているのではまったくない。類まれな素晴らしい牝馬の桜花賞を前にして、凱旋門賞だとか、ダービーだとか、外に行けば断然能力は上なのだとか、騒ぎすぎた周囲の関係者が聡明とはほど遠いと思えるのである。それでなくとも断然の人気が予測されたハープスターの単勝は、ブエナビスタとほとんど同じ支持率66.8パーセントに達した。武豊騎手とか、引退した安藤勝己騎手なら(たとえば有馬記念で何百億円も自分の騎乗に関係していても)平静を装っていられるだろうが、ふつうのジョッキーにレース前に必要以上のプレッシャーをかけるのはおそろしく賢明ではない。大事なクラシックの出発である。
きょうのnetkeibaのニュースの見出しは、『一夜明け、激戦後のハープスター「怖いのはアクシデント」』だった。ギクリとしてしまった。周囲は、「良く乗ってくれた。人気の重圧に耐え、能力通りのレースをしてくれたから、見事に桜花賞を勝てた」となるのだろうが、大外を回って上がり32秒9。計算するまでもなく、後半は44秒台である。怖いのはアクシデント。いかにも危険と隣り合わせの勝ち方である。アクシデントには、激走がもたらした影響も含まれるのである。
健康で丈夫なハープスターは、オークスではジェンティルドンナ(川田騎手)と同じようなレースをみせてくれるに違いない。3歳春の時点では、よほどマイラー色が濃くないかぎり距離2400mはこなせる。でも、宝物はみんなで大切にしなければ宝物でなくなる。
◆レッドリヴェールも勝ち馬にひけを取らない能力の持ち主 クビ差2着の
レッドリヴェールは、世が世なら、もしハープスターが別の世代だったら、絶賛のスターはこの牝馬だったろう。極悪馬場の札幌2歳S(函館)1800mを1分59秒7(上がり41秒3)で差し切り、休み明けの阪神JFを1分33秒9でしのぎ切り、またまた休みあけのローテーションになった桜花賞を1分33秒3(上がり33秒4)の快走である。ハープスターに負けたのはあまりに巡り合わせが不運だったというしかない。小さな馬体は、自身も410-420キロ台で戦っていたことが多い父ステイゴールドの特徴そのもの。馬体重は分からないが、トレヴも、デインドリーム(ジャパンCは426キロ)も、ザルカヴァも小さい牝馬である。
これからも独特のローテーションで目標のレースに挑戦することになるだろうが、小さなレッドリヴェールには、勝ったハープスターに全然ひけを取らない大きな能力があることを認めたい。
以下、流れに乗って人気通りに好走し、1分33秒4で乗り切った3着
ヌーヴォレコルト(父ハーツクライ)から、1分33秒9のフォーエバーモアまでは、ほぼ能力通りか。トップの2頭があまりに強い内容を示したから、敗者の側に回ってしまったが、上位の全体レベルは高い。誇るべきレースレーティングが示されると思える。
人気上位でただ1頭、10着にとどまったベルカント(父サクラバクシンオー)は、1400mのトライアルと同じような内枠なら処する方策もあったろうが、1600mになって引いたのが大外17番枠。好走を望むのはさすがに酷だったろう。