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「平均ペース」か「中間ペース」か

  • 2014年06月21日(土) 12時00分


◆ずっと気になっている競馬用語

 コースや馬場状態、出走馬のクラスなどによって、走破タイムも、ペースが速いか遅いかを判断する通過タイムも変わってくる。なので、通過タイムが何秒を切るとハイペースで、何秒より遅いとスローペースといった明確な基準を示すことは難しい。が、大まかに言うと、良馬場の芝2000mのレースで、1000m通過が57秒だとハイペース、60秒だと平均ペース、63秒だとスローペースといったところか。

 今、私はさらりと流してしまったが、何年も前から気になっていて、できることならあまり使いたくないと思っている「競馬用語」が、上記の文に入っている。

「平均ペース」である。

「スロー」「平均」「ハイ」の順に速くなっていくわけだが、競馬新聞などで頭文字に略されているのを見ると「S」「M」「H」になっている。「スロー」「ミドル」「ハイ」である。真ん中は「ミドルペース」なのだから、日本語に置き換える場合は「中間ペース」とするほうがいいのではないか。「平均=アベレージ」の頭文字は「A」だが、「Aペース」とか言われても何のことやらわからない。

 スタートからゴールまで、ずっと同じようなラップで流れたのなら「平均ペース」という言葉でもいいと思うのだが、どうもすっきりしない。まあ、でも、「平均」の字義からして、「平均ペース」は「多くのレースの流れを平均した、中間的なペース」ともなるので、意味が完全にズレているわけではないのか。いや、やはり、よりしっくり来るのは速い流れと遅い流れの間の「中間ペース」であるように私には感じられる。

 ただ、競馬用語では、レースとレースの合間を「中間」と呼ぶなど、「中間」というふた文字は、別のところで意味が固定したニュアンスを匂わせるので、「ペース」にくっつけて使うべきではない、と、みなされたのか。

 と、いろいろ書いたが、そんなややこしいことではなく、みなが「平均ペース」と言い、それで意味が通じているから、誰もわざわざ変えようとしない、というだけのことだろう。

 なのに私がこうしてブツブツ言うのは、以前、ある競馬雑誌に「中間ペース」と書いた原稿を送ったところ、「これは何なんだ、という指摘がありました」と言われ、「平均ペース」に変えたことがあるからだ。

 最近はあまり気にしなくなったのだが、かつて私は、自分が出した20枚や30枚の原稿をひと文字修正されただけで激怒し、元に戻していた。もちろん、そうするのは無断で改悪された場合のみで、原稿を見て相談しながら修正を持ちかけられた場合や、誤字・脱字をやらかしてしまった場合は別である。

 自分でいいと思ったからその原稿を出したわけだし、こっちは生活以上のものを懸けているのだから、私の署名原稿として世に出る以上、自分でベストと信じられるものを提示したい――という考え方は今も変わっていない。そうじゃないもので褒められるのも、揚げ足をとられるのも、どちらも嫌なのである。

 そのあたりの感覚は、会社勤めを長くしている人にはどうも完全には理解してもらえないようで、困ることがある。

 言葉というのは、多数決に従うべきところも多いので(まず文法ありきではなく、みなが使っている言葉のなかから法則を見つけ出して文法ができるという順が正しい、ということに通じる)、前述した指摘を受けて以来、私は「平均ペース」を使っている。

 今回もまた「だから何なんだ」という話になってしまった。

 基本的に私は「競馬用語」が大好きである。成り立ちと、具体例との結びつき方、そして省スペースの精神が特にいい。

「実が入る」なんかは、競馬を知らない校閲から「『実』を『身』とすべきではないか」と指摘されたことがあったが、「実」でないと「実る、成長する」というニュアンスにはならないので、競馬用語的に「身」はあり得ない。「良化」「上積み」「変わり身」なんかも、この短い言葉のなかに、馬の心身がレースに向けて充実度を増し、臨戦態勢になっていく感じがギュッと詰まっていて、いいなー、と思ってしまう。

 100枚を超えるような長文を書くときは、ある日は5枚、次の日は20枚といったようにそのときの勢いに任せて書いてしまうと、あとで必ず大幅に修正することになる。場所によってテンションが違ってしまい、読んでいて変な気分になってしまうからだ。ゆえに、意識して毎日同じペースで書かなくてはならない。それこそまさに「平均ペース」で。

 さあ、「平均ペース」で、秋に単行本化する連載の直しをやろう。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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