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ばんえい競馬へ行く

  • 2004年02月17日(火) 12時11分
 先日土曜日(2月14日)、帯広競馬場を訪れた。東京からの旅行客を二人案内してのことである。

 いずれも女性で、ひとりは新進作家のAさん。もうひとりは新人の登竜門として名高いB誌の編集者Tさん。なぜ私にそんな畑違いの方々を案内する役目が回ってきたのかを説明し始めると、それだけでコラムが終わってしまうので、ここでは割愛させていただく。ただ簡単に付け加えておくと、お二人とも北海道とはほとんど縁のない人たちなのだが、今回A女史がばんえい競馬を取材したいという希望をB誌に伝えたところTさんという敏腕編集者が同行しての取材旅行と相なったらしい。

 その日の朝、帯広空港で待ち合わせた私たちは名刺交換もそこそこに、晴天、マイナス3度の気温の中をすぐ帯広競馬場へ向けて出発した。30分後、競馬場到着。第1レースの前とあってまだ駐車場は空いている。この時期にしては比較的暖かな日で、取材には最適の気象条件だ。

 まずはスタンドの中へ入って見ることにした。帯広は北海道の中でも屈指の極寒地である。競馬場の暖房は10メートル毎に設置された灯油燃焼型のジェットヒーター。「ゴー」という音を出しながらヒーターがフル稼働しているのだが、建物の中でも防寒具がなければやはり寒い。

 東京からのお二人は、もちろんばんえい競馬も冬の北海道も初めてという。誰かに脅かされたのか、スキーにでも行けるほどの着膨れ状態で毛糸の帽子と手袋も装備している。もっとも、変に薄着でお洒落などしていたりすると、とても取材などできないのは明らかで、その意味では「万全」なスタイルだったと思う。

 AさんはB誌に乗馬(馬術)のことを題材にした小説を発表したことがあるらしい。自身も約10年間ほど乗馬クラブに通っていた経験を持つ「馬好き」だそうである。レースをいくつか見た後、組合の広報の方を通じて、私の知人の厩務員と連絡を取ってもらい(競馬開催中なので勝手に厩舎へは行けない)、事務所内にてAさんが取材を始めた。その傍らでTさんはしきりにノートを取る。Aさんの質問に知人が答える内容を筆記しているのだ。幾人もの作家と組んで仕事をしてきたTさんは、こういう役割を心得ているのである。思わず「これはプロだ!」と感心して見とれてしまった。

 昼食は場内のうどん屋で済ませた。午後になって、AさんとTさんは馬券も買った。スマップの歌ではないが、ばんえい競馬は「世界に一つだけ」の競馬である。平地競馬とはまるで異なる大型馬とレース展開に二人は強い興味を覚えたようだった。

 最終レースの後、この日は「調教再審査」の馬が何頭か出走することになっているという。例えばレース中に第2障害の上り坂を越えられずにへたりこんでしまった馬などが対象なのだそうだ。場内に誰もいなくなった夕方、試験?に臨む馬たちが厩務員に引かれてスタート地点に集まる。ファンファーレもないし観客もいない中で、馬たちがゲートに入れられ、ガシャッという音とともに再審査が始まった。知人の担当馬もその中に混じっていた。

 ゼッケン9番を付けたその馬は、しかしまたもや第2障害で躓き、ついに坂を越えられずに橇(そり)を外される羽目になった。たった1頭だけよりによって取材に協力してくれた知人の担当馬が競走中止なのだ。私たちは言葉を失った。

 いったいばんえい競馬がどんな作品となって登場するのか興味津々だが、AさんはB誌の新人賞を受賞した時「10年にひとりの逸材」と激賞されたほどの実力派らしい。Tさんという敏腕編集者が同行するほどだから、いかに期待の新人なのかが素人の私にでも分かった。

 Tさんに夕食をご馳走になり、Aさんからはサイン入りの作品集を進呈していただいた。このあたりで謎解きを少しだけしておく。作品集のタイトルは「イッツ・オンリー・トーク」という。2月10日に出たばかりの本である。書店で見かけた方は一度手に取って見て下さい。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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