スマートフォン版へ

コスモバルクは救世主となるか

  • 2004年03月09日(火) 20時09分
 先週火曜日、友人の専門紙記者が珍しくやや興奮した口調で「いよいよコスモバルクが追い切るので楽しみだ」と語っていた。ヒーロー不在、右肩下がりを続ける現在のJRAにあってほとんど一身に期待を集める存在と表現しても大げさではないのが、このコスモバルクであろう。

 特定の種牡馬の産駒でなければクラシックには出走すら困難になってしまった感のあるここ数年の傾向に、まさに一石を投じたのが今年の「マイネル・コスモ」軍団の大躍進だ。その中でも最大の注目株がこのコスモバルクといっていい。

 周知のとおり、この馬はホッカイドウ競馬の田部厩舎に所属したまま、地方から中央のクラシックを目指す。しかも、「外厩認定馬第1号」としての経歴も持つことから、「悲願成就」の暁には、日本の競馬に大きな「風穴」を穿つことになるだろう。

 それにしても、父ザグレブ、母の父トウショウボーイという、日高ではごくありふれた血統のこの馬を発掘した岡田繁幸氏の慧眼には脱帽せざるを得ない。もう一頭のザグレブ産駒コスモサンビームともども、ほとんどの競馬人が「三流種牡馬」と一顧だにしなかったザグレブ産駒の中から、原石を掘り当てて磨きをかけ、ターフに送り込んだのである。

 日高には「岡田神話」がかなりたくさん流布しており、私が聞いた逸話も数多い。中でも忘れられないのは「何度も追突事故を起こした」というもの。道路から見える放牧地に群れる馬を注視することに気を取られ、前を走る車が減速したのに気づかずに追突したことが何度もあったというのだ。

 それくらい生産地で岡田氏は馬を見ている。おそらく日本一の数といっていい。ここ数年は、まず、出産のピークを過ぎた6月頃、生産者あてにハガキが寄せられる。「販売予定馬の写真撮影依頼」である。後日、ビッグレッドファームの男性従業員がデジカメを片手に各牧場を巡回し、当歳馬の立ち写真を撮影して歩く。私の牧場にも欠かさず撮影に訪れるほどだから、たぶん日高中の牧場はくまなく全て網羅して撮影しているはずだ。そして、感心なことに、撮影後必ず「ビール券」を手渡して帰る。「撮影協力への謝礼」というわけだ。

 こうして撮りためた膨大な当歳馬の写真から、岡田氏自らがピックアップして購買候補馬を選定する。ここ2年ほどは、ご子息がまず事前に牧場を回ることが多いという。私の牧場にも長身の穏やかな人柄のご子息が馬を見に来られたことがある。それがたぶん「第一審査」で、岡田氏本人が乗り出して来るのは「最終審査」であろう。以前は、片腕として馬の選定を担当するブレーンが何人もいたようだが、ここにきてようやく「親子分業制」が定着したと見える。

 そんな岡田氏の情熱の結晶ともいうべきコスモバルクの存在が、今後の日本競馬の未来像を示唆しているのではないか。地方競馬所属馬がクラシックに出走するのは、何とライデンリーダーなどが挑戦した平成7年以来9年ぶりのことという。実力と人気の両方で中央に大きく水を開けられた形の地方競馬だが、久々に話題の中心となるヒーローが出現したことを心より喜びたいと思う。

 弥生賞の終了後、騎乗した五十嵐騎手の落ち着いたインタビューをテレビで見ていて、彼の頭の良さに気づいた人は多いはずだ。まだ28歳だそうだから、もっともっと伸びる逸材である。コスモバルクともどもこの騎手にも注目していきたい。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング