横山典騎手はセイウンスカイで3000mの菊花賞を逃げ切ったとき、前後半を1分31秒6−1分31秒6で3分3秒2の大レコード。機械のような正確なラップを刻んだ芸術の逃げ切りがある。ふつう、横山典騎手は追い込み馬でギリギリまで我慢しての直線一気のイメージが強いが、一定のペースを刻む“ペース感覚”には天才的な一面がある。セイウンスカイでは皐月賞も60.6−60.7秒での2分1秒3。素晴らしいバランスを見せて抜け出した。
この3200m。有力馬ではないイングランディーレで、ごくふつうのペースで逃げて、前後半を1分39秒8−1分38秒6。スローにも近いマイペースで3分18秒4。イングランディーレの能力を発揮させただけ。なにもトリックはなく、ごく自然な騎乗だった。
ちなみに昨春、伏兵人気だった同馬はあのときは逃げられず好位のままだが、推定の前後半は1分39秒6−1分38秒5。3分18秒1。イングランディーレ自身はほとんど昨年と同じようなレースをしただけ。むしろ走破時計は0.3秒劣っている。形が単騎逃げで、当時の小林淳騎手から横山典騎手に移っただけ。
イングランディーレは9着だった昨年と、まったく同じレースをしたにすぎない。苦しい回顧になるが、昨春、イングランディーレに期待して痛い目に会った私は、とても今年もイングランディーレを中心馬にすることはできない。イングランディーレが昨年より強くなった根拠はなく、結果として3分18秒4。昨春とまったく同じだった。
長距離戦では、ひとたび15馬身も20馬身も離れてしまうと、もうだれもペースを読めず、またスローだと分かっても動けないとされる。
2番手のアマノブレイブリー(17番人気で6着に善戦)と約20馬身差、有力どころとは30馬身も離れた前半の1600〜2000mで、今春の天皇賞は終了していた。スローで逃げているオープン馬が、残りの1600mを走るのに「30馬身」も前に位置しては、これはレースにならない。「これが競馬だ」とする感想もあったが、もし仮に、関係者でもなく、オーナーや騎手でもなく、また馬券で参加していたファンでもなく、なにも知らないごくふつうのスポーツファンに感想を求めたら、たぶんこう言う。「あれは競馬じゃないんじゃないですか。だって、6番の馬以外、レースをする気がないみたいだもの。」
ペースの難しい長距離戦。歴史の上でもときには(再三)こういうレースはあるのだが、イングランディーレの逃げに期待した数少ない(素晴らしい)ファン以外、まだ有力馬はレース前の「返し馬」をしているのではないかと思うしかない。これが競馬だというのは、あんまりではないかと。
でも私、長距離戦は大好きで、菊花賞や天皇賞・春こそ、評価を下げてはならない競馬の一方向だとこの先も考えたい。