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クラス名を変更するなら収得賞金とメイクデビュー廃止を

  • 2018年06月28日(木) 12時00分


 来年の夏季競馬から、降級制度が廃止されることに伴い、競走条件の呼称が変更されることがJRAから発表された。

 原則として勝利度数によるクラス分け(競走条件)となることから、現行での500万円以下は「1勝クラス」、1000万円以下は「2勝クラス」、1600万円以下は「3勝クラス」となる。新馬・未勝利・オープンについては現行どおりの表記だという。そして、新しい呼称へのスムーズな移行のため、当面の間、現行の「500万円以下、1000万円以下、1600万円以下」を併記するとのこと。

「呼称」の変更だから、クラス分けの方法はこれまでどおりなのだろう。また、「原則として」ということは例外があり、それは重賞で2着になって賞金が加算され、クラスが上がることなどか。「当面の間」というのも、いつまでなのか、気になるところだ。

 降級制度廃止も、クラス名変更も、目的のひとつは「わかりやすいものにすること」だという。

 シンプルなものが好きで、算数が苦手な私にとっては、おおむねありがたい――と言いたいところだが、実は、この報せを聞いて愕然とした。

 というのは、レースシーンの描写があり、「500万下」といった表記をいくつも使った原稿用紙430枚ほどの競馬ミステリーを書き上げたばかりだったからだ。仕方なく、「500万下」とするのは初出を含む2カ所だけにし、そのほかは「条件戦」に書き換えて編集者に送った。来年夏以降、表記が「○勝クラス」になっても、そこでのレースは「条件戦」のままであることを祈りたい。

 さて、クラス分けの「わかりやすさ」に関して、ふたつばかり、思うところがあるので記したい。

 ひとつは、競走馬が稼ぐ賞金に「本賞金」と、クラス分けの計算のための「収得賞金」の2種類があることに関して。競馬をしたことがない人に説明するのに、これは非常にわかりづらい。賞金というのは、例えば、メジロマックイーンが史上初めて10億円を突破したり、最近では、キタサンブラックがラストランの有馬記念を勝って歴代トップになって讃えられるなど、競走馬の強さや業績を評価するうえできわめて重要な要素であることは言わずもがなだろう。

 名馬の蹄跡を振り返るときは「獲得賞金」で、クラスについて記すときは「収得賞金」というのは、いかがなものかとずっと思っていた。呼称から収得賞金の額を外すのだから、この機会に、本賞金だけの計算でクラス分けできるようにしてもらえると嬉しい(そうすると現行の呼称を併記することで齟齬が生じるのかもしれないが)。

 もうひとつは、以前「週刊競馬ブック」にも書いた、「メイクデビュー」という愛称について。新馬戦にわざわざふたつ目の呼称を加えることが、わかりやすさにつながるわけがない。かつて、ひと開催に2度新馬戦に出られたころならまだしも、いや、それとてどちらもメイクデビューなら、余計にややこしい。10年経ってもあまり浸透しなかったのだから、もういいだろう。

 競馬がギャンブルである限り、自分がなぜ競馬をするのか説明するのは、周囲の無理解との戦いになる。

 私が競馬文学を好むようになったのは、ただ面白いと思っただけではなく、周囲の無理解と戦ううえでの武器にもなるからだ。競馬をしていなかったら、寺山修司も虫明亜呂無も山口瞳もディック・フランシスもアーネスト・ヘミングウェイも読んでいなかった。

 競馬は、「考える」という、人間の脳にとってとても大切な機能の強化にもなり、馬券代はそのための授業料なのだ――というのは、あまり説得力がないかもしれないが、ともかく、それ自体がわかりやすいものであってくれないと、魅力を説明するのに、今以上に声を嗄らさなければならなくなる。

 思えばずっと、私は周囲の無理解と戦ってきた。

 子どものころ、なぜ「ど根性ガエル」のピョン吉のTシャツばかり着ているのかと訊かれ、上手く答えることができず、ただヘラヘラ笑っていた。家にあるシャツを、小さくなるか、色あせるか、破けるかするまで着るのが当たり前だったので、理由を考えたことがなかったからだ。

 理由を考えなくていいことほど楽なことはない。

 それはいいとして、「○勝クラス」という呼称には、ダサいなどの声もあるが、すぐに慣れるだろう。適当な対案も思い浮かばない。

「クラス1、2、3」だと、「1」が、「2」や「3」より上だと勘違いされるだろうし、「クラスA、B、C」でも同様だ。が、一番上がオープンの「O」で、アルファベットのずいぶん先だからスペシャル感があっていいのか。いや、やはり「B級グルメ」「C級ライセンス」などの言葉が、「A」より下というイメージを強めている。大地から少しずつ上がっていくという意味で「花組、風組、空組」などにしたとしても「ふざけているのか」と怒られそうだ。

 来春からリステッド競走も始まる。新たに覚えなければならないことが少なければ少ないほどわかりやすくなる。

 ファンが何も考えずに楽しく遊べる場を提供するのは大変だと思うが、わけもわからず球場に連れて行かれた少年が、巨人の岡本和真選手の特大ホームラン(小林誠司捕手の目の覚めるような強肩でもいい)をひと目見てファンになるように、わかりやすい競馬を見せつづけてほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ダービーパラドックス』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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