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競馬はギャンブル。だからこそ

  • 2019年02月28日(木) 12時00分
 先日、屋久島で登山者から集めた入山協力金約2900万円を会計担当だった元職員が着服したことが報じられた。元職員は「ギャンブルに使った」と不正を認めているという。

 ギャンブルということで、競馬に関わっている、あるいは、競馬ファンであるというだけで、そうしたダーティーなイメージを抱かれがちなのは仕方がないのか。

 実は、ある自治体が出した冊子に、馬、それも元競走馬が多く紹介されていたので、本稿で取り上げようと思い、担当者に連絡した。そのときは不在だったので、翌日担当者から折り返しの電話が来たのだが、結局、紹介するのをやめた。

 その冊子は、発行する自治体が管轄する地域についてより深く知ってもらうため、登録した人に送付されるものだ。

 あまり詳細に記すと自治体や個人が特定されるので簡単に述べるにとどめるが、本稿で取り上げることに関して、担当者は、上席に相談してから返事をしたい、と言った。

 担当者は、自分が即答できない理由をふたつ挙げた。ひとつは、紹介されることにより登録者が激増して対応し切れなくなる恐れがあること。もうひとつは、ギャンブルに関する媒体ということで、自治体住民などの反応が心配だということ。自治体のパソコンなどでは、有害サイトとしてアクセスできないようにしているギャンブルサイトなどもあるという。

 冊子の表紙は元競走馬の写真だ。その自治体関連のイベントが競馬場で行われることもある。また、主催者から巨額の義援金を受け取っている。そこに所属している人間でさえも、ギャンブルというだけで、受け入れを躊躇するのだ。「大丈夫だと思いますが」という言い方ではあったが。

 元競走馬を扱っているからと、こちらが一方的にシンパシーを抱いても、向こうは「ギャンブル関連だから」と引いた見方をしていることもある――ということを覚えておきたい。

「ギャンブル依存症」があちこちで取り上げられるようになってから、おかしなことになってきた。タレントを使ったJRAのCMは、彼らに関心を抱くようなたくさんの人に競馬場に来て馬券を買ってもらうことを目的としているはずだ。が、同時に「買いすぎに注意しましょう」と訴えなければならなくなった。吸いすぎに注意しましょうとタバコを売ったり、飲みすぎないようにと言いながら酒の美味さを喧伝するのと同様だ。

 豪華な料理を並べられて「食べすぎに注意しましょう」と言われるのは、食欲をはじめとする「欲」を制御できるようにしてください、つまり、大人になってください、と言われているに等しい。

 とっくに大人になっている人にしてみれば余計なお世話である。

 ギャンブル依存症と言われる状態に当てはまる人間は、一事が万事で、ギャンブルだけではなく、ほかのことに関してもだらしがないはずだ。

 逆に、高学歴で、勤勉で、仕事でも成功し、酒もタバコもやらず、自己管理の厳しさが肉体にまで現れており、浮いた話もなく周囲に慕われている人なのに、ギャンブルだけは歯止めが利かない――なんていう人がいたら教えてほしい。と言いながら、ひとり思い浮かんだのだが、その人がするギャンブルは競馬だけだ。ならば競馬依存症かというと、その人にとっては「買いすぎ」ではないので、依存症とは言えない。

 本稿を読んでいる人なら、競馬だけにはまってしまう人が多くいることは理解してもらえるだろう。古来よりヒトのパートナーであるウマと一体になるひとつの形を「競走」を通じて見いだそうとする。例えば、祖先の血が小岩井農場によってイギリスから輸入されたちょうど百年後にウオッカが史上3頭目の牝馬のダービー馬となって注目されるなど、言葉や人智を超えた事象をしばしば目の当たりにする。さらに巨額の金が動く。ひとりの力ではどうにもならないものとの対峙の連続だ。そこに物語が生まれる。

 ギャンブルであるがゆえに、人間の欲と切り離すことができない。だからこそ、ほかのどのスポーツよりも文芸作品の素材となるのだろう。

 そんなふうに理論武装しなければ、堂々と馬券も買えない時代になったのか。

 ――なんだか寂しいね。

 と肩をすぼめながら、今週も競馬場に行こうと思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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