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沖縄から静内農高へ、その2

  • 2022年03月03日(木) 18時00分

馬の道に進むべく静内農業高校へ


 2019年10月に行われた「ジョッキーベイビーズ」に沖縄代表として参加した木部千乃さん。結果は着外だったものの、岡部幸雄さんから「敢闘賞」を贈られた。岡部さんは千乃さんのことを「とても乗馬の基本ができていて、きれいに乗れていました」との評価をした。インタビューで千乃さんは「東京競馬場は広くて楽しく乗れました。これまで馬にたくさん助けられてきたので、将来は英語でも対応できる獣医さんになりたいです」と進路について話していた。前回、触れたように、木部千乃さんは沖縄アミークスインターナショナルスクールに通っているので、英語は得意なのである。

 ともあれ、千乃さんにとって東京競馬場での体験は、かなり強烈な印象だったらしい。とはいえ、沖縄に帰ってみると、競馬場がないことや、周囲に馬や競馬のことについて話せる友人知人も少なく、必ずしも馬の世界を目指すには恵まれた環境ではないことも改めて感じた。

 2020年になると、新型コロナウイルスの流行が始まった。沖縄はいち早く感染者が増えてしまい、思うように乗馬クラブに通うこともままならなくなった。そんな折、インターネットで拙コラムにたどり着いた、らしい。ジョッキーベイビーズについて検索しているうちに、2009年〜2018年にかけて書いた観戦記を読み、興味を持ってくれたようなのだ。

 千乃さんから丁寧なお手紙を頂戴したのは、昨年6月のこと。編集部経由で拙宅に回送されてきた千乃さんの手紙には、馬への思いがきれいな字で要領よくまとめられており、まずその真摯な内容に心を動かされた。

 とはいえ、相手は中学校3年生。私とは年齢差50年である。ほぼ祖父と孫にも等しい差になるが、意を決して返事をしたためた。ジョッキーベイビーズ取材で撮り溜めた写真もダイジェストで同封した。そんなことから、千乃さんとの間でメールのやりとりが始まった。

 一ヵ月も経たぬうちに、母親の千晶さんからもメールが舞い込むようになった。千晶さんが、千乃さんの馬への思いを後押ししてくれる「理解あるお母様」であることがすぐに分かった。

 昨年10月。2人がかねてよりジョッキーベイビーズ観戦(応援)のために那覇=羽田便の航空券を予約済みであることを聞かされていたので、思い切って、北海道に来てみませんか、とお誘いした。馬の道を目指すのならば、きっと生産地に来れば新たな発見と感動を味わってもらえるのではないか、と考えたのだ。因みにジョッキーベイビーズは2020年、21年と2年連続で中止されることになっていた。

 母親の千晶さんは若かりし頃にアメリカに渡り、留学経験がある。かの地で10年近く過ごし帰国後は通訳として活躍していた行動派だという。私からの提案にすぐに賛同し、母子2人の北海道行が決まった。

 3泊4日の生産地巡りの旅であった。及ばずながら、私がコーディネート役を務め、胆振、日高を案内して回った。浦河の優駿ビレッジ「アエル」ではトレッキング体験もしてもらった。

生産地便り

優駿ビレッジアエルでトレッキング中の木部千乃さん(2021年10月9日撮影)


 当たり前のように、放牧されている馬の群れが道路から普通に見える風景に、2人はかなり衝撃を受けた様子であった。どこに行っても、馬、馬、馬。BTCでは調教風景も見学してもらった。馬のいる風景にすっかり魅了された千乃さんは、沖縄に帰ってからも、何度となくメールで北海道での旅の印象を書き送ってくれた。

 その頃、千乃さんの高校進学が話題になり始めた。選択肢はいろいろあるものの、やはり千乃さんには「馬の傍で暮らしたい」との思いが強くあり、そこで候補のひとつとして浮上したのが静内農業高校なのであった。テレビ北海道が制作・放映したドキュメント番組「青春サラブレッド」の存在にも大きく影響された、らしい。そこには、親元を離れて遠くからはるばる静内農高に入学し、馬術部の活動を続けながら馬の道を目指す高校生たちの姿が生き生きと描かれており、千乃さんは強く刺激を受けた様子であった。

 一度傾いた気持ちは、ある意味「恋」に似ている。当初は、父の住む群馬県内の高校を受験することも考えたらしいが、馬術部のある高校という条件で探すと、関東全域でも候補は限られるらしく、それならば、いっそ北海道に、との思いが募ってきたのだという。

 後はトントン拍子に話が進んだ。幸いにも千乃さんの両親は理解があり、娘の希望を第一に考えたいという意向のようで、静内農高受験が実現したのである。

 受け入れる側の静内農高にとっても、沖縄からの入学者は開校以来初めてのことだという。しかし、前回も触れた通り、道外組11名を含め、今春、静内農高生産科学科(サラブレッド生産・育成を授業に取り入れている)には、道内各地からも、馬の道に進むべく多くの生徒が入学してくる予定である。

 木部千乃さんの高校生活がどんなものになって行くのか、というのも大変気になるが、千乃さん以外にも、馬への強い思いを抱きながら静内農高の門をくぐってくる生徒が大勢いることだろう。今年は、静内農高の生徒たちに焦点を当てながら、しばらく取材を続けてみたいと思っている。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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