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敗因と勝因

  • 2022年04月07日(木) 12時00分
 先週、月刊誌「優駿」の取材で、2年ぶりに阪神競馬場に行ってきた。

 やはり、競馬場のスタンドで見るレースはいいものだ。入場制限があって場内が静かだったからだと思うのだが、引込線の先にあるゲートの開く「ガッコン」という音が、馬たちが飛び出してからコンマ何秒か遅れて直接耳に飛び込んできたときには、ちょっと感動してしまった。

 その数日前、都内のホテルでS社の担当編集者ハンちゃんとランチミーティングをした。ハンちゃんに大阪杯の本命を訊くと、「ポタジェから買おうと思っています」と答えた。「ほう、ルージュバックの弟だから、いつ走ってもおかしくないよね」

 私はそう言いながらも、まあ、来ないだろうと思っていた。「金子オーナーがGIを勝つときは、所有馬を2頭出していることが多いんです」とハンちゃん。

「なるほど。3連単の3着づけとかだと面白いのかな」

 私がそう言うと、ハンちゃんは頷きもせず、首を横に振りもせず、ただ黙ってカレーライスを口に放り込んだ。

 ご存知のように、単勝8番人気のポタジェは見事に大阪杯を勝った。

 その後、ハンちゃんとは連絡を取り合っていないので、彼がどのくらい勝ったかは聞いていない。自分が負けたレースで他人が儲けた話を聞くことほどつまらないことはない。

 それにしても、エフフォーリアは、どうしてあんなに大敗してしまったのだろう。

 これまで、ダービーで鼻差の2着となったのが唯一の敗戦だった馬とは思えないほど、今回は、あまりに走らなさすぎた。

 鹿戸雄一調教師のコメントやツイートによると、ゲートで顔をぶつけてしまったことも一因となった可能性があるという。同じように、去年の秋華賞でソダシが10着に大敗したのは、歯がグラつくほどゲートで口をぶつけたことが影響したかもしれないと言われている。

 が、キタサンブラックが2017年の秋天で内からワープするようにして勝ったときも、ゲートで顔をぶつけていたはずだ。もちろん、馬によって、また、ぶつけ方によっても影響の度合いは違うのだろうが、それが敗因だと断定するのは難しく、あくまでも一因、あるいは可能性と見るべきだろう。

 エフフォーリアの大阪杯は、あとで振り返ると「なかったこと」にすべきレース、ということになるような気がする。前にも書いたように、ある一戦を加味せずに見たほうが、その馬の能力を適切に把握することができる――というケースが、どういうわけか、競馬ではよくあるのだ。

 この敗戦をあまりに重く受け止めすぎるのは、私たちファンにとってはもちろん、陣営にとってもよくないような気がする。徹底的に敗因を見極めようと洗い出し、仮にそれらしきものを見つけたとしても、それを取り除くことや、別の何かで補おうとすることが、去年、あれほど突出したパフォーマンスでターフを支配したエフフォーリアを、さらに強くすることにつながるとは思えない。まあ、あれだけの結果を出している陣営なのだから、そのへんはもちろん承知のうえで立て直しをはかっているだろう。

 トウカイテイオーの場合は、旧5歳時の天皇賞・秋(1番人気7着)と有馬記念(1番人気11着)。クロフネの場合は日本ダービー(2番人気5着)。シンボリクリスエスの場合は4歳時の宝塚記念(1番人気5着)。アーモンドアイの場合は4歳時の有馬記念(1番人気9着)。

 それぞれ、敗因らしきものは取り沙汰されたが、結局、「なぜか走らなかった」というのがもっともしっくり来る。

 これらの名馬は、みな、負けたあとにも本来の走りを披露した。

 敗因が明らかな場合は別として、「なぜか走らなかった」場合は、「なかったこと」にするしかないと思う。

 逆に、難しいのが「勝因」の扱いだ。エフフォーリアの昨年の天皇賞・秋や有馬記念の勝因は何だったのか。ライバルたちの敗因がそのまま自身の勝因になった側面もあっただろうが、一番は「エフフォーリアが強かった」ということだろう。

 大阪杯のポタジェも、血統や、重賞を使われ出してからの健闘ぶりを見ると、いつGIで好走しても不思議ではない素質の持ち主だったことがわかる。緩かったところがシッカリしてきたことが勝因かと思いきや、友道康夫調教師によると、まだ緩さはあるという。

 前残りの馬場で、スムーズに先行馬を見ながらレースができたことも勝因と言えそうだが、流れに乗っただけで勝てるほどGIは甘くない。誤解のないよう言っておくが、フロックだったという意味ではなく、「なぜか走った」という部分も、今回はあったはずだ。敗因と違い、勝因の場合は、次も勝つか好走すれば、その「なぜか」の謎が解けてくる。

 つまるところ、どの馬も、勝因は「強かったから」ということであって、もともと持っていた強さをどのようにして発揮できるようになったのかが見えてくる、ということなのだろう。

 私は責任のない立場だからこうして勝手なことを言えるのだが、鹿戸調教師をはじめとするエフフォーリア陣営は、これからも重いものを背負いつづけなければならないのだから大変だと思う。また強いエフフォーリアの姿を見せてくれると信じている。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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