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柴田未崎騎手、2度目の引退

  • 2022年06月30日(木) 12時00分
 今、羽田空港のラウンジでこの稿を書いている。これから新千歳空港へ飛ぶ。月に何度も帰省していた昨年までのペースからは考えられないが、今年初めての北海道である。

 先週、宝塚記念の取材で阪神競馬場に行ってきた。毎年のことながら、暑かった。

 宝塚記念のあとに行われた阪神第12レースが、柴田未崎さんにとって2度目の騎手引退レースとなった。直線ではひょっとしたらと思わせる4着だった。いいレースだった。

 最初の騎手デビューは1996年。競馬学校騎手課程第12期生は、天才二世の福永祐一騎手、JRA初の女性騎手が3人、さらにJRA初の双子騎手がいるなど話題が多く、その双子のひとりが未崎さんだった。

 バランスのいい騎乗フォームや、馬へのやわらかい当たり、意図や工夫の見えるレース運びが好きで、私は騎手・柴田未崎を応援していた。当時、田原成貴さんとも「今年の新人はどうか」といった話になったとき、未崎さんのことを褒めていた。

 しかし、減量がなくなってから勝ち鞍が少なくなり、2011年に騎手を引退して調教助手になった。

 それでも、騎手への思いを捨て切れず、再受験にパスして14年に2度目のデビューを果たす。私はnetkeiba.comのインタビューで、意気込みを聞かせてもらった。

 1度目の騎手生活が15年。助手生活が3年。そして2度目の騎手生活が8年。

 これまでの45年の人生の半分以上を騎手として過ごしてきた。

 ラストライドのあとに行われた騎手仲間との記念撮影には多くのメディアやファンが集まってカメラを向け、胴上げを見守り、大きな拍手を送った。

 未崎さんの目には涙があった。が、その笑顔は晴れやかだった。

「今は未練なく、やり切ったという気持ちです」というコメントを聞いて、本当によかったと思った。そういう気持ちになるための8年間を、見事に全うできたのだから。

 メッセージを送ったら、2度目なのでそっとやめようと思っていたが、たくさんの方々に見守られて本当にありがたかった──といった返信が来た。そっと……というのは照れ隠しだろう。

 今後は栗東・大橋勇樹厩舎の調教助手になるという。未崎さん、長い間お疲れさまでした。再デビュー後、またあなたの騎乗が見られて嬉しかったです。これからも応援しています。

 柴田未崎さんの再チャレンジのあたりから、新千歳空港へと向かう機内で書いている。

 座席は8割方埋まっている。ほとんどの人が静かにしているなか、ずっと笑いながらしゃべっている2人組がいる。よくもこれだけ長時間話しつづけるだけのネタがあるものだと思うが、こうして話したことをまたどこかでネタにすれば、死ぬまでしゃべりつづけることもできるのか。マスクをしてはいるが、彼らの前に座っている乗客は気持ち悪いだろう。

 出発してすぐ「大声での長時間の会話はお控えください」と機内アナウンスがあったのだが、どうやら人間の言葉が理解できないようだ。飛行機が揺れて、荷物が頭の上に落ちてくれないものか。

 フライトマップによると、今、青森県下北半島の上空を抜けるあたりだ。

 千歳のホテルにチェックインした。小雨が降っている。普通ならまだ梅雨時の関東地方が梅雨明けしたのに、梅雨のない北海道で雨に当たるのは妙な気分だ。

 明日は取材を終えたらレンタカーを借り、実家の近くの寺に墓参りに行く。実家といっても売ってしまったので人のものだし、墓といっても納骨堂なので、草むしりなどの必要はない。いつも本を上梓するたび納骨堂に入れているのだが、昨年12月に出した本を持ってくるのを忘れたことに、書きながら気がついた。書店で買ってから行くか。

 宝塚記念の翌日、6月27日の大井第4レースで離れた後方から直線で前をブッコ抜いたシテイタイケツの走りが話題になっている。ダート1400mで、上がり3ハロンが2番目の馬より3秒1も速い37秒4の末脚を繰り出し、4馬身差で圧勝した。直線ではずっと右手前で走っており、映像でハッキリ確認はできないのだが、最終コーナーを逆手前で回って直線に向いたようにも見える。

 ハチャメチャというか、とにかく、普通ではない走りだ。父バゴ、母の父ステイゴールドという血統を見て「なるほど」と思った。こういう、次走が楽しみになる馬が現れるのはとても嬉しい。

 千歳の夜は静かだ。それはいいのだが、涼しいのを通り越して、寒い。どうやっても部屋の暖房を入れることができないので、仕方なく白湯を飲んでいる。

 そろそろ寝よう。明日、馬たちに会うのが楽しみだ。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第5弾『ファイナルオッズ』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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