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上下と優劣

  • 2022年11月10日(木) 12時00分
 アメリカで中間選挙が行われ、「上院(じょういん)」「下院(かいん)」それぞれの選挙と知事選の模様が日本でも報じられた。

 これら「上下院」の権限は基本的に対等ということになってはいるが、実際は、日本の衆議院に相当する「下院」のほうを上位と見るべきだろう。

「下」が上位で、「上」が下位だ。人数が少なく、議会の上階を使っていたほうが「上院(upper house)」、人数が多く、広い階下を使っていたほうが「下院(lower house)」になった、と言われているらしいが、ややこしい。

 競馬は1周1マイルの平坦コースで左回り、自動車レースで最大のインディ500は全体を見渡せるオーバルコース――というように、何でもわかりやすいものを好むアメリカ人が、よくこれを受け入れているものだ。そう思ってABCニュースを見たら、「上院」を「Senate(セネト)」、「下院」を「House(ハウス)」と紹介していた。それぞれの選挙戦を「セネトレース」「ハウスレース」と表現するなど、なかなかカッコいい。「Senate」も、辞書を引くと「(米国・カナダ・豪州などの)上院」となっている。

 これは単に日本語の問題で、「上院」「下院」という和訳がよくないのではないか。「上下」ではなく、単に異なる性質のものであることを説明する、上手い訳はないものか。

 私は「下戸(げこ)」である。コップに5分の1ほどのビールを飲んだだけで、顔が真っ赤になって鼓動と呼吸が速くなり、傷痕と血管が浮き出て発汗し、割れるような頭痛に襲われる。私より酒に弱い人に会ったことがない。

 逆に、酒に強い人を「上戸(じょうご)」と言う。「笑い上戸」とは言うが、「笑い下戸」と表現されることはない。

 この「上下」は、「下」に位置する私から見ても仕方がないと思う。

「上流、下流」「上等、下等」「上品、下品」「上位、下位」「上手、下手」「上層、下層」などもみな「上」が上位だ。「天上、天下」はどっちがいいか微妙だが、対比されるべき言葉ではないような気がする。「上半身、下半身」も位置の違いだけか。

「上下」ではないが、「優劣」に関して、以前からわかりづらいと思っていたのが、遺伝の「優性」と「劣性」だ。

 ソダシの活躍で白毛への注目度が高まり、白毛の遺伝子が「優性」であることが、広く知られるようになった。

 その特質が優先して現れる遺伝子を「優性」、それに隠されてしまう遺伝子を「劣性」と呼んでいるのだが、「優性」のほうが優れていて、「劣性」のほうが劣っている、という意味ではない。ポイントは、「表に出てくる」か「隠れている」か、だ。なので、日本遺伝学会は「優性」を「顕性」、「劣性」を「潜性」という表現に変更した(が、今も従来の言い方が残っている)。

 インブリードというのは、仔では表れなかった「潜性」の特質を、孫やその先の世代で引き出すために有効だと言われている。これを「劣性」に置き換えて読み直すと、やはり、よくないニュアンスが加わるようで、正しく伝わらない。

 この「優・劣」から「顕・潜」への変更は、とてもいいと思う。

 さて、今年の凱旋門賞を制したアルピニスタ(牝5歳、父フランケル、英・M.プレスコット厩舎)がジャパンカップに参戦するというニュースが飛び込んできた。

 東京競馬場の内馬場に国際厩舎が新たにつくられ、この秋から運用が始まることは、間違いなく招待馬にとってプラスになる。これまでは、空港から白井の競馬学校の国際厩舎に移動して7日間の検疫を受けなければならなかったのだが、今年から、直接東京競馬場に入厩できるのだ。

 アルピニスタは、今年のサンクルー大賞(仏サンクルー芝2400m)を2分26秒15というタイムで勝っている。プレスコット調教師も硬くて時計の速い馬場への適性に自信を持っているようだ。

 あまりに馬場状態も、決着するタイムも異なるため、「凱旋門賞と日本の競馬は、同じ競技だが別の種目」とまで言われるようになったが、アルピニスタがジャパンカップで勝ち負けすれば、「やはり同じ種目だった」ということになるだろう。

 新厩舎を追い風に、世界最強牝馬がどんなパフォーマンスを見せてくれるか。今から楽しみだ。

※編集部注:コラム公開後にアルピニスタの故障および引退が報じられました。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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