スマートフォン版へ

突然絶たれた愛馬の命(2) “本来なら亡くならずに済んだ” トリビューンの死を無駄にしないために

  • 2023年05月16日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲競技会にてトリビューンと西野美穂さん(提供:西野美穂さん)


後悔しかありませんでした


 2021年4月。遠征した馬術競技会場の馬房で、西野美穂さんの愛馬トリビューンの命は突如として失われた。

「午前中には競技に出て障害を飛んでいたのに、その日の夜には倒れて死んでしまって…。気持ちが追いつきませんでした」

 オーナーである西野さんは、当時を振り返る。

 遠征から戻った西野さんは、普段トリビューンに関わっていた馬専門の獣医師に事の顛末を伝えた。それでわかったのは、あの日トリビューンに対して行ったすべてが、禁忌行為だったということだ。

「傷がついたのが動脈だったので表面には見えてこないですし、少しグッタリした様子ではあっても外見は変わらないように見えました。疝痛の疑いもありましたので、腸の動きを促すために常歩をさせて体を動かしました。

 でも動脈が傷ついた場合、最初はとにかくその部分を圧迫して、体を動かさないことが鉄則だと獣医師から聞きました。なのにあの日やったのは、その逆のことばかりだったのです。本来なら亡くならずに済んだのに、助けられなかったという事実に、後悔しかありませんでした」

 獣医師が適切な方法で補液していれば、トリビューンは今も天真爛漫に過ごし、関わる人々を笑顔にしていたかもしれない。動脈損傷を疑うことができれば、禁忌行為をせずに済んだ可能性がある。馬は地域によっては特殊な生き物と言ってもよく、馬の数が少なければ当然馬を診れる獣医師もいない。だからトリビューンのような事故は、馬を飼養する側にとっては対岸の火事では決してない。

第二のストーリー

▲トリビューンは今も関わる人々を笑顔にしていたかもしれない…(提供:西野美穂さん)


愛馬の死を無駄にしない…辛い現実と向き合い立ち上がる


 ウマ娘の影響もあって引退馬に注目が集まっているだけに、競走や繁殖生活から引退した馬たちや乗馬などのセカンドキャリアの道に進む馬たちにも関心が寄せられると推測される。そうなると馬たちを繫養する牧場や乗馬クラブなどの受け皿が、今以上に必要になってくる。

 だが美浦や栗東などのJRAの調教施設近辺や馬産地・北海道日高地方以外は、馬を診察できる獣医師は全国的にも少なく、往診を頼んでもその日のうちに来ないケースもあるようだ。また馬を専門とする獣医師不足から、今回のトリビューンのような悲劇が繰り返される可能性もある。

 トリビューンの無念を晴らすのはもちろんだが、獣医師が不足する現状の問題提起のため、西野さんは獣医師が関連する団体に対して法的手段をとった。その決着がついたのは、最近のことだった。獣医師が関連する団体は和解金は支払ったが、治療の非を認めることは最後までなく、むろん謝罪もなかった。決着は一応ついたものの、その内容は西野さんが満足するものではなかった。

 そこで西野さんは、再び行動を起こした。呼んでもすぐに来られない馬専門の獣医師のかわりに、馬の飼養管理者自ら補液をしたり、疝痛の痛み止めの注射などをを打つこともあると聞く。それが事故に繋がらないとも限らないし、今回のように牛専門の獣医が来る場合もある。

「トリビューンの死を無駄にしたくないと思って、取材を受けてメディアで取り上げてもらうという形で声を上げることにしました」

 それがこの記事に繋がったのだった。

「獣医師を増やしてほしいと思っても、すぐに対処できる問題ではないですよね。でもトリビューンのような事故が実際に起こり、今後も起こりうるということを馬に携わる人々にわかってもらえれば、このような事故も未然に防げるのではないかなと思うんですよね」

 何もできないまま目の前でトリビューンを失った西野さんは、辛い現実としっかり向き合い、愛馬の死を無駄にしないよう前向きに歩み始めていた。

(つづく)

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング