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血統の入門書とパラ馬術選手の本について

  • 2023年06月22日(木) 12時00分
 このところ、知人が次々と著書を上梓している。

 当欄でも何度か紹介したことのある獣医師で、遺伝を研究している堀田茂さんが、5月23日に『生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』(星海社新書)を、そして、最近まで専門紙ケイバブックに在籍していた和田章郎さんが、6月20日に『やってみたらええやん パラ馬術に挑んだ二人』(三賢社)を出版した。

 どちらもとても面白かった。

 堀田さんの著書は、メンデルの法則をはじめとする遺伝学の基礎をもとにしたサラブレッドの血統について論じたものだ。日本で飽和状態にあると言われているサンデーサイレンス系の種牡馬のインブリードの危険性に正面から言及するなど、文系の視点による既存の血統論に疑問を投げかけつつ、生産界の現状に警鐘を鳴らしている。

 私は個人的に、遺伝子自身が持つ情報以外の「何か」が遺伝に作用する「エピジェネティクス」の概念に興味を抱いており(堀田さんの著書『サラブレッドの血筋』でそれを知ったのだが)、後天的に経験したことが遺伝子のスイッチのオン・オフにどう影響するのかを考えながら、一気に読んだ。

 和田さんの著書は、63歳で東京パラリンピックの馬術競技に出場して7位入賞を果たした、元JRA調教助手の宮路満英選手についてのノンフィクションだ。宮路さんが47歳だった2005年に脳卒中に倒れてから、裕美子夫人と二人三脚でリハビリに励みながら馬との接点を取り戻し、パラ馬術にチャレンジするようになって現在に至るプロセスと、宮路夫妻の心の動きが丁寧に描かれている。

 前にも書いたように、私はシーキングザパールが1999年1月にアメリカ、サンタアニタパーク競馬場のサンタモニカハンデキャップに出走したとき同行取材し、当時森秀行厩舎の調教助手だった宮路さんが、担当厩務員に代わる臨時の担当として現地に来ていたので、しばらく一緒にいた。そして、レース直前、ゲートまでシーキングを曳いて行った宮路さんが、外埒沿いを走って帰ってきた様子を「ジイさんの半マイル」という短編小説として描いたことがあった。

 病気で右半身に麻痺が残り、仕事をやめざるを得なくなっても、第二の人生を自ら切り拓き、力強く前へと進みつづける宮路さんの姿には本当に勇気づけられる。

 また、『女騎手』などの著書のある蓮見恭子さんも、6月21日に『人魚と過ごした夏』(光文社)という青春小説を上梓した。蓮見さんは作家なので、本を出すことは特別なことではないにしても、コンスタントにグレードの高い作品を書きつづける筆力とエネルギーには敬服するほかない。こちらは読みはじめたばかりなので、読み終えたら、本稿で触れようと思う。

 知り合いの本の話ばかりになったが、私もこの秋、競馬ミステリーシリーズの6冊目を出す予定だ。今となっては、「競馬ミステリーシリーズ」より「競馬サスペンスシリーズ」にしておいたほうがよかったような気もするが、後悔はポケットに仕舞って、先のことを考えるようにしたい。

 さて、安田記念が行われた日、東京競馬場で、セレクトセールについて、主催する日本競走馬協会会長代行でもある社台ファーム代表の吉田照哉さんにインタビューした。それをまとめた記事が、JRA-VANサイトのセレクトセール特集に掲載されている。

 当初は「社台のセリ」と呼ばれていたセレクトセールも、昨年で四半世紀の歴史を有するまでになり、今や押しも押されもせぬ、日本最大の競走馬のセリとなった。

「庭先取引」が中心だった時代ならではの苦労や、欧米のセリをお手本としながら、日本の文化や商慣習に合わせて工夫した話などは興味深かった。

 個人的には、会場にディスプレイされているフェラーリなどの高級車が売れているのかどうかずっと前から気になっていて、それも聞けたのでよかった。庶民に手の届く値段ではないのだが、可愛らしい当歳馬や1歳馬にどんどん億の値がつくのを見ていると、1千万円を超えるスーパーカーが安いかのように錯覚してしまう。そのあたりは、セレクトセールで馬を買えるような富裕層にとっても同じなのかもしれない。

 このところ、電話やメールで連絡を取った編集者に、決まって「コロナの後遺症は大丈夫ですか」と聞かれる。知人のかかりつけの医師がゴホゴホ言いながら診察し「この咳はただのコロナの後遺症なので心配しないでください」と言っていたという、冗談みたいな笑えない話もあるくらいだから、当然なのか。

 咳も、喉の痛みもないし、抜け毛も通常どおりだ。後遺症の心配はなさそうなので、ご安心を。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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