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元騎手を囲む会とフリーランスの立場

  • 2024年02月22日(木) 12時00分
 先週の土曜日、都内の中華料理店で行われた「薫さん&サンディーさんを囲む会」に参加した。「薫さん」とは、南関東とアメリカで騎手として活躍した土屋薫さん。「サンディーさん」とは、薫さんの夫で、騎手時代、故・ウィリー・シューメイカー氏が保持していた年間最多勝記録を更新し、アメリカとカナダで殿堂入りしたサンディー・ホーリーさんである。

 薫さんに会うのは、去年の1月に田原成貴さんと3人で食事して以来、約1年ぶりのことだった。サンディーさんとは、アメリカのどこかの競馬場ですれ違っていたとは思うが、話をしたのは今回が初めてだった。アメリカとカナダのほか、フランスやサウジアラビアなど様々な国で騎乗したサンディーさんも、これが初来日だったという。

 30人ほどが集まったこの会の幹事をつとめ、私に声をかけてくれたのは、馬主の山田五月さんだった。実は、山田さんと会うのも初めてで、それまではSNSでやり取りをしていただけだった。が、同い年で、出版社の役員をしている共通の知人がいるなど縁があり、いつかどこかで会うことは決まっていたような気がする。

 元騎手で、川崎(小向)に厩舎を構える安池成実調教師とも久しぶりに話ができた。グリーンチャンネル特番「日本競馬の夜明け」のナビゲーターとして話を聞いたのは2012年だったから、実に12年ぶりということになる。

 去年は寺山修司の没後40年だったので、寺山の競馬エッセイを読み直すことが多く、そのなかに、安池師について書かれたものも見つけた。『競馬放浪記』(ハルキ文庫)所収「芝生に咲く花」の冒頭である。

  *

「女心の唄」の出だしは、

  女ですもの人なみに
  夢を見たのがなぜ悪い

 というのである。

 近頃、スポーツ紙をにぎわしている女性ジョッキー、安池成実さんの記事を読むたび、私はなぜか、このバーブ佐竹の唄を思い出すのであった。川崎でデビューした安池さんは、今のところ、六戦して勝ちはないが、二着一回、三着一回というから、決して悪い成績ではない。しかも、現役にはまだ、水沢の吉田弥生さん、浦和の土屋薫さんと二人も女性ジョッキーがいるから、安池さんだけが特別に「夢を見ている」というわけではないのである。(以下略、誤植は筆者が修正)

  *

 安池師が騎手デビューしたのは1979年の6月だから、寺山はその少しあとにこれを書いたのだろう。土屋薫さんのことや、1936年に日本初の女性騎手となった斉藤すみ、1969年に岩手でデビューした故・高橋優子さんといった、ほかの女性騎手も紹介している。

 安池師は、寺山が自分について書いていたことを知らなかったようで、それを伝えたら驚いていた。

 この「囲む会」で、昨春のサンタアニタダービーでハナ差の2着と好走したマンダリンヒーローなどの管理者として知られる、大井の藤田輝信調教師と、奥様とも初めて話をした。

 隣のテーブルにいたのだが、知らない人間と話しても退屈させるだけだろうと声をかけずにいたら、意外なことに、藤田師も奥様も、ずいぶん前から私の書いたものを読んでくれていたという。

 私が大井競馬場の近くに住んでいたころの話や、今の住まいに近いお好み焼き屋の話など、他愛のない話ばかりしていたが、もっとマンダリンヒーローの話などを聞いておけばよかったと、今になって思っている。

 さて、当サイトに掲載されている矢作芳人調教師と須田鷹雄氏の対談でフリーランスについて触れているが、どこに行っても、フリーランスに対する扱いというのは昔からひどいものだ。こちらを主体に、相手が何かを考慮してくれるということは、ほぼない。

 先刻、伊集院静さんの送る会の供花を申し込んだときもそれを感じた。ネットのシステムを利用することになるのだが、そこに「貴社名」という欄があり、空欄にして送信ボタンを押すと、やり直しをさせられる。所属先のない人間のことはまったく考えられていない。まあ、これは、例えば騎手や調教師のように、免許で身分が保証されていても「貴社名」の欄に記すべき所属先がない人にとっても同じだから、フリーランスのヒエラルキー云々とは別の問題かもしれないが。

 競馬マスコミに関して思うのは、コロナ禍による取材規制とSNSの普及によって、記者クラブに加入している人と、そうではないフリーランスが提供できる情報の質と量に大きな差ができてしまった、ということだ。メディアというのは「何を」「どう」伝えるか、に尽きる。その「何を」に関して、記者クラブに入っている記者やカメラマンは、日常的にトレセンや競馬場の検量室前などで取材対象のすぐ近くにまでアプローチできる。

 そして、かつては、例えば専門紙の記者は、週末に売られる競馬新聞の紙面しか(週刊誌を持つ媒体は別だが)発表の場がなかったが、今は、SNSでいくらでも発信できる。10年、20年前なら、雑誌の特集に寄稿していたフリーランスのほうが大きなスペースで情報を提供できたが、SNSの普及によって、その優位性がなくなってしまった。要は「近くにいること」のアドバンテージが、昔よりずっと大きくなったのだ。

 また、昔は、「この取材対象から本音を引き出せるのはこの取材者だけ」という武器を持つフリーランスが少なくなかったが、今は取材対象自身がブログやSNSで発信できるようになった。

 こういう時代、フリーランスはどうすればいいのか。「何を」に関しては視点を工夫し、「どう」に関しては、書き手の場合は文章、カメラマンの場合は写真のクオリティで勝負するしかない。SNSを利用できることに関しては、元々条件は五分なのだから。

 コロナが5類になっても、取材規制はつづいている。記者クラブの優位はそのままだが、こういう状況になってから、まだ4年ほどしか経っていない。つまり、この状況で発信されている情報に対する評価が定まり切ってはいない、ということだ。このままがいいと、受け手(読者、ユーザー)や取材対象に思われるか。それとも、コロナ前のようにフリーランスが入り込んできたほうがいいと思われるか。

 後者となるよう、諦めず、いいものをつくりつづけるしかない。

 最後のほうは、ちょっと愚痴っぽくなってしまった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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