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市場取引馬奨励賞の廃止がもたらすものは?

  • 2007年12月04日(火) 23時49分
 このほどJRAより来年度の事業計画が発表された。今年度に比べ661億円の減少で、総額2兆8297億8000万円。生産地関連ではまず「市場取引馬奨励賞の廃止」がトップニュースとして挙げられる。

 市場取引馬奨励賞とは、JRAに所属する競走馬のうち、公設の市場で取引された馬が、新馬戦及び未勝利戦と500万円条件の一般競走(特別を除く)に出走し優勝あるいは入着した場合に交付される奨励金を指す。金額は新馬と未勝利で1着40万円。500万円条件では1着70万円。2着以下は、それぞれ16万円〜4万円と28万円〜7万円というように本賞金の割合に応じた額が設定されている。ただし、これは年齢制限があり、3歳馬までに交付が限定されていて、また市場取引馬限定の競走では交付されない。

 今年度の場合、地方競馬関連でも「認定競走市場取引馬奨励賞」が設けられており、1着馬の馬主に20万円が交付されていた。認定競走は2歳限定だが、原資はJRAの負担ながら、このように中央のみならず地方でも、「市場で馬を買い求めるメリット」が実際に奨励金という形で大きな宣伝効果をもたらしていたわけである。

 それが、生産地にとっては“唐突”に、いきなり来年より廃止とされる。JRAは毎年秋に生産者団体(日本軽種馬協会)と「生産等に関する協議会」にて、次年度の事業計画における生産関連事項について「すり合わせ」を行なうが、その概要によれば、市場取引馬奨励賞に限らず、両者の見解が乖離する事項ばかりが並んでいる。この市場取引馬奨励賞に関しても、生産者団体側が「現行の水準では効果の発現に問題がある」と考えられるので「対象をより上位の条件競走へ拡大して欲しい」とJRA側に要求しているのに対し、JRA側の回答は「在厩頭数に対する市場取引馬の割合(現在は約2割程度という)等から、その役割は果たしたと判断し」廃止することを決定するに至った、というもの。

再上場馬1

 業界人のエゴと言われかねないことは承知しているが、たとえ僅かであっても、市場振興策の一環として、市場取引馬奨励賞の存在はかなり大きかったと思う。とりわけ日高の各市場において、落札馬に占める「再上場馬」の割合の高さがそれを裏付けている。再上場馬とは、読んで字のごとく「再び、上場される馬」のことを指す。通常の順番で登場した馬が誰からも声がかからずに「主取り」となって退場した後、後を追いかけてきた購買希望者が生産者などと価格交渉を行い、再度、市場に上場させて競り落とすのである。

 その場合、価格は当初のお台付け価格よりも安くなるのが普通で、中にはおよそ半額まで下落する例も少なくない。もともとのお台付け価格はいわば生産者が希望する最低価格に等しいが、そこからさらに値引きを提案されるのである。しかし、よほど自信のある上場馬ならともかくも、多くの場合、生産者は最初の上場時に主取りに終わったことで落胆の色が隠せず、弱気にもなっているために、ついつい値引き交渉に応じてしまう。かくして、日高の市場はこうした再上場馬のオンパレードとなっていた。

 再上場馬は、通常の順番の途中に適宜組み込まれ、引き手は専用のベスト(再上場、と大書されている)を着用して登場する。サマーセールやオータムセールなどでは、このベストを着た引き手の姿をずいぶん見かけた。

再上場馬2

 なぜ、そこまで市場取引にこだわるのか? 購買者とて「値切って馬を購入した」ことが市場内に知れ渡るだけではなく(記録には残らないが)、市場取引にすることによって、消費税が上乗せされ、市場規定に則った代金の支払いや馬の引き取り(1歳馬であれば15日以内)が義務付けられる。

 結局、同じ主取りの上場馬を安く購入するにしても、水面下で庭先(相対)取引によって済ませてしまった方が楽なのは明らかだが、市場取引には前述のように、中央と地方いずれの場合でも、走った際にそれ以上のメリットがあると考えられていたから、なのだろう。それほど「マル市」の持つ魅力は大きかったのである。

 市場取引馬のメリットがなくなってしまうと、いったいどうなるか? 奨励賞がないのだから、購買者は市場取引にこだわる必要がなくなる。また、公設市場とともに、今度は私設の市場さえ登場してくる可能性だってあるだろう。例えば社台グループなどは、もう無理をして上場馬の半分を他の生産者に依存しなくとも、立派に「セレクトセール」を開催することさえ可能なのだ。日高にあっても、有志がセリ会社を設立し、市場開催に踏み切るかも知れない。

 価格はさておき、今年は全体的に市場が活況を呈したと言われている。それを下支えしていた奨励賞が突然なくなることによる影響がどの程度のものか、今の時点では何とも分からないが、生産地とってはまったく予期せぬ“逆風”となってしまったことだけは確かだ。少なくとも「マル市がつくから(奨励賞が期待できるから)わざわざセリで馬を買ったのに、何だこれは…」と憤りをもって受け止めている馬主はかなりの数いるものと思う。残念至極としか言いようがない。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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