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家族経営時代の終焉

  • 2008年01月29日(火) 10時49分
 生産地では元旦早々からディープインパクトの初産駒誕生を巡り、この厳冬期としては異例なほどの取材合戦が展開されたが、それ以外は至って静かなものだ。出産や各種馬場の展示会などが本格的に始まるのは2月に入ってからで、毎年この時期は話題を拾うのに苦労する。

岩崎教授講演会1

 さて、1月23日(水)に、浦河で札幌大学経済学部の岩崎徹教授による講演会が開催された。主催はひだか東農協である。同農協内に事務局を置く(有)優駿サポートによる技術講習会の一環として、岩崎教授にお越しいただいたというわけだ。

岩崎教授講演会1

 岩崎徹氏はJRA経営委員でもあり、生産地事情に詳しい。専門の農業経済学の立場から、日高の家族経営規模の生産牧場のありようについて長年研究を続けてきた人でもある。2006年には「馬産地80話〜日高から見た日本競馬」(北大出版会)で、JRA馬事文化賞を受賞した。

 そんな、生産地と30年もの関わりを持つ岩崎教授に、現在の、とりわけ日高の現状がどのように映っているものか知りたいと思い、足を運んでみた。会場は町の総合文化会館地下にある「ミニシアター」。約50人ほどの関係者が集まり、ほぼ定刻通りに岩崎教授の講演会が始まった。

 岩崎徹氏は昭和18年生まれ。年齢は64歳。冒頭でJRA経営委員なるお仕事がどのようなものであるのかについて簡単に触れた後、1960年〜2006年までの約半世紀に及ぶ日高の馬産の歴史を数字を挙げて概観した。日高における軽種馬生産額(サラ、アラ含む)は、1990年(すなわちバブル絶頂期)に475億円に達したものの、その後は低下に転じており、2000年段階で353億円、そして現在も漸減傾向が続いている、という。

 「今後、様々な要因により、サラブレッドの需要は減り続けることが予想され、したがって生産頭数もまたそれに伴い減少して行くことになるだろう。平均価格は停滞するが、その半面、生産コストはそれほど下がらない。生産と育成に関するレベルアップがさらに求められ、販売戦略もまた組織化、高度化が求められる」とした上で、岩崎教授は次のように結論を出した。

 すなわち「家族経営が自己完結的に軽種馬経営を行なえる時代は終わった。個別経営の体質強化(生産・育成技術の向上と、経営センスを磨く)とともに、いかに、地域の複合化・多角化・システム化を行い得るか。さらに馬産地・日高を『まるごと』全国に販売できるか」ということなのだ。

 氏の舌鋒は鋭く、「軽種馬経営の性格」として、「多額の投資・借金経営、リスキー、回転(資金)は遅く、ロスが多い『商品』」であると説き、現在は完全に「ハイリスク・ローリターン」に陥っていると指摘する。そして、「家族経営・家族専業経営で成り立ったのは日本、しかもブームの時だけ」だったとも言う。「『馬の借金は馬で返す』のか?。今までは偶然返せた時があったが、今後は返せるのか?」と直截に言い放つ。

 生産牧場が多額の負債を抱えながら営農を続けていることは依然として変わらない。そして、氏の指摘するように、実際のところ返済の目処すら立てられずに漫然と牧場を続けている例がとても多い。そして、共同化や協業化を進める上での大きな障害となっているのがまさしくこの部分なのである。

 「馬で作った借金はおそらく返せない」というのが、等しく生産者の胸中にある本音だろう。岩崎教授に指摘されるまでもなく、生産者の多くは、もう借金返済を半ば放棄しているがごとき状況である。「返したくとも返せない」と言った方が近いか。経営環境がかなり悪化していること(需要減と価格低迷)と、そもそもがこれまでに借りた金額があまりにも多過ぎることに原因があり、この問題の深刻さは根が深い。

 協業化や共同化は、そうした個別の生産者が抱える多額の負債処理の問題と切り離して考えることができず、今後ずっと手かせ足かせになって行くことだろう。

 会場に詰め掛けた、それこそ「家族経営規模」の生産者たちは、岩崎教授の講話をどういう思いで受け止めただろうか。氏に限らず、農協にも、そして行政にも、この「あまりにも膨らみ過ぎてしまった借金」をどう解決して行くか、については妙案を見出せずにいる。ちょうど、日本という国が、合計800兆円もの借金まみれに陥っていることとよく似ている。戦前から戦後にかけてわが国が経験したような極端なインフレーションでもなければ、借金はいつまでもついて回ることになり、それを免れる方法は牧場を続けている限り、絶対にない。

 共同化や協業化を推進することはたぶん間違ってはいないはずだが、その前に山積する難問をいかにクリアするかが先決だと私は考える。返すこともできないほどの多額の負債を抱えた零細な生産者が何十軒集まろうが、おそらく何ら問題の解決にはならないだろう。すでにいくつか日高でも協業化と共同化のモデル事業が着々と進行中と聞くが「泥棒に追い銭」のような結果にだけはならないことを祈るのみである。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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