2001年に創設されたJBC。ダート中距離馬最強を決める
JBCクラシックは、過去17回で連覇を達成した馬が5頭いる。今週は「JBC王者列伝」と題して、その5頭を紹介する。今日は2002〜2004年に3連覇を果たした
アドマイヤドンを振り返る。
■華麗なる転身でダート王へ
アドマイヤドンにとって最初の
JBCクラシックは2002年、
菊花賞から中1週で約1年ぶりとなるダート戦だった。前年に
朝日杯FSを制し、無敗で2歳王者に輝いたが、
皐月賞(7着)、ダービー(6着)、
菊花賞(4着)とクラシックのタイトルは手にすることができず、デビュー戦以来のダートへ臨んだのである。
この年、第2回
JBCクラシックは盛岡2000mで行われた。
アドマイヤドンは久々のダートも苦にせず、好位から直線で楽に抜け出し7馬身の圧勝。ここからダートでの華々しい活躍が続いていく。
2003年の
JBCクラシックは、堂々の1番人気(1.7倍)で迎えた。秋緒戦の
エルムSを9馬身差、続く
南部杯を4馬身差で勝利していたことと、最大のラ
イバルである同期の
ゴールドアリュールが6月の
帝王賞を最後に引退していたこともあり、
アドマイヤドンに連覇の期待がかかったのである。小雨の降る大井2000mで行われたレースは、早めにポジションを上げ直線で突き抜ける横綱相撲。3馬身差で連覇を果たした。
2004年はまず、
フェブラリーSで念願の
JRAダートGIタイトルを手にした。その後、ドバイワールドCでは8着に敗れたものの、帰国後の
帝王賞を勝利し、国内のダートでは敵なしの強さを見せつけた。
JBCクラシックでの史上初の同一GI3連覇という偉業が、現実味を帯びた秋。前哨戦の
南部杯は2着に敗れてしまう。日本馬に先着を許したのは、前年の
フェブラリーS以来だった。それでも
アドマイヤドンへの信頼が揺らぐことはなく、
JBCクラシックでの単勝オッズは1.3倍だった。
前年と同じ舞台で行われたレースは、先行集団を見る形で好位を追走し、直線はメンバー最速の上がりで差し切った。勝ちタイムの2:02.4は、当時の大井2000mのコースレコード。3/4馬身差は3年間で最も小さいが、勝ちっぷりには貫録を感じさせた。その後、
有馬記念(7着)など芝のレースも経て、翌年の
かしわ記念(4着)を最後に競走生活を終えた。
2003年の秋から手綱を取った安藤勝己騎手はのちに「あのフットワークでダートに強いというのは衝撃的だった」とコメント。また、ノーザンF早来の育成スタッフも「デビュー前から芝向きの馬だと思っていた。いまだにダートで活躍したことを不思議に思っている」と話したという。二冠牝馬
ベガを母に持ち、半兄はダービー馬
アドマイヤベガなど一族には芝の活躍馬が多く、自身も
JRA賞最優秀2歳牡馬に選出された。そこから、ダートGIを6勝し、2年連続(2003・2004年)
JRA賞最優秀ダートホースを受賞した
アドマイヤドンは、華麗なる転身を遂げた異色のダート王なのである。