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ジャパンC覇者レガシーワールドが死亡、32歳 日本調教馬初のセン馬のGIウイナー

  • 2021年08月19日(木) 07時01分
 1993年のジャパンカップ(GI)を制し、セン馬では日本調教馬初のGIウイナーとなったレガシーワールド(セ32)が18日、生まれ故郷である北海道新ひだか町のへいはた牧場で死亡した。

【へいはた牧場 幣旗芳典氏のコメント】
レガシーワールドは、日本調教のセン馬として初めてGIを勝利した馬で大変ファンも多く、32歳という高齢にもかかわらず元気に過ごしておりましたが、この度天寿を全うして永眠しました。

 毎年必ず会いに来てくださるファンも多く本当に愛されていた馬だと思います。皆様の長年のご愛顧に感謝いたします」

(JRAのホームページより)

 レガシーワールド父モガミ母ドンナリディア、母の父ジムフレンチという血統。1991年8月、JRA・栗東の戸山為夫厩舎の管理馬としてデビュー。初期の5戦は勝ち星をあげることができなかったが、去勢手術を経て、1992年7月の未勝利戦で初勝利をあげる。

 9月のセントライト記念(GII)ではハナを切り、ダービー2着馬ライスシャワーの追い上げをアタマ差封じて、重賞初制覇。しかしセン馬のレガシーワールド菊花賞の出走権はなく、その菊花賞ではライスシャワーが、僚馬ミホノブルボンの三冠を阻止する結果となった。

 セントライト記念に続き、オープン特別の東京スポーツ杯・ドンカスターSも連勝したレガシーワールドは、GI初出走のジャパンCでも10番人気4着と善戦。有馬記念(GI)では逃げたメジロパーマーを追い詰めるも、惜しくも及ばずハナ差の2着となった。

 翌1993年、始動戦のAJCC(GII)では単勝1.4倍の支持を集めたが、ホワイトストーンの逃げ切りを許し2着。休養期間中に戸山為夫調教師が亡くなり、森秀行厩舎に転厩。転厩初戦、長期休養明けの京都大賞典(GII)では、それが結果的にラストランとなったメジロマックイーンの2着となる。

 そして迎えた同年のジャパンCは、コタシャーンホワイトマズルスターオブコジーンとのちに種牡馬となる海外の名馬たちが上位人気を占め、レガシーワールドは6番人気。道中2番手の展開から直線半ばで果敢に先頭に立ち、後方から追い込んだ米G1・5勝馬コタシャーンの追撃を封じ、待望のGI初制覇を果たした。

 以降は勝ち星をあげることができず、1996年の宝塚記念(GI・8着)を最後に現役を引退。通算成績は32戦7勝。獲得賞金は4億2377万4000円。引退後は功労馬として余生を過ごしていた。

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