今週の
菊花賞に
ヤマニンゼストを送り出す千田師は元ジョッキー。1期上の鞍上・
武豊騎手は先輩後輩の間柄で、生まれも5カ月違い。そういうこともあり、今から30年ほど前、
武豊騎手のアメリカ遠征に千田師が同行したそうだ。当時はまだ世界で日本競馬の地位が高くなく、もちろん日本人ジョッキーの扱いも悪かった時代。
「向こうの人々は“自分のところが一番”と思っているから、わざわざ他国のジョッキーを乗せる人なんていなかったんです」と振り返るように、千田師自身も騎乗馬集めに苦労していた様子。ただ“レジェンド”は例外。「ユタカさんは着いた時には馬が決まっていましたね。もう“勉強しに行く”という感じではなかった。言葉は悪いですが、“俺だぞ”という感じでした」と、既にもはやステージが違ったそう。
ある時、アメリカ競馬でジョッキーがス
トライキを行い、乗り手が不足したことがあった。その時は先方から騎乗のオファーが来たが、“いくらか出したら乗せてやるよ”と足元を見られたそうだ。悩んだ千田師は、ユタカ先輩に相談。すると、「“ここまで来てそんなので乗りたいのか?”と。これからの後輩のこととかも考えてくれました」。そう言われ、キッパリと断ったという。誇り高き騎手のあり方を伝え、そして後輩へ正しい道を示す-。師の「すごいとしか思わないです」という言葉に全てが含まれている気がする。
そんな
武豊騎手と千田師のコンビでG1に出走するのは今回が初めて。「なかなか頼める馬がいなくて…」と謙そんするが、V5を誇る
菊花賞男が厩舎に初G1タイトルをもたらすかもしれない。
また、千田師とオーナーの“
ヤマニン”さんとの関係も、なかなか趣深いものがある。土井オーナーとはジョッキー時代からのつながりで、11年3月に厩舎を開業した際には「牧場は分からないだろう」と、ほとんどの牧場を車で一緒に回ってくれたという。
「“
ディープインパクトをやらせてやる”と言われ、一番いい繁殖につけて預けさせてもらったのが(
ゼストの)お母さんの
ヤマニンバステト。2つしか勝たせてあげられませんでしたし、何とか(先代が)ご存命のうちに(大きいところも)とも思いましたが…。ただ、その初子でここまで来られたのは良かったです。オーナーさんにも少しでも恩返しができれば」
バステトの初子
ゼストは、ルーキー鷲頭騎手を背に中京で未勝利戦をV。思い入れのある血統での白星は、まな弟子のうれしいデビュー初勝利にもなった。「みんな知っているから、
バステトに乗ったジョッキーたちも喜んでくれましたね」。どの角度で切り取っても“恩返し”という指揮官の熱い気持ちがにじむ。もし勝ったら、厩舎関係者じゃないのに泣いてしまいそうな自分がいる。(デイリースポーツ・山本裕貴)
提供:デイリースポーツ