めったに馬場が悪化しないのがダービー・デー。当日が雨の「不良馬場」発表のダービーは、みんなの記憶にもなかった。記録をひも解くと60年代のダイシンボルガード(69年2分35秒1)や、キーストン(65年2分37秒5)以来のことになる。
関東の所属馬が勝ったのは97年のサニーブライアン以来のこと。皐月賞を1番人気になりながら2ケタ着順に沈んだ馬が巻き返して勝ったのは、なんと61年ハクショウ(皐月賞・11着)以来であり、横山典弘騎手(41)は今回のダービー挑戦がもう15回目だった。
さまざまな点で歴史的なダービーを制したのは、ネオユニヴァース(03年のダービー馬)の初年度の産駒になるロジユニヴァースであり、父子のダービー制覇も07年ウオッカ(父タニノギムレット)以来。史上6頭目になる。
午後になって降り始めた雨は激しく、木〜土曜の雨の水分が残っていたからたちまち不良馬場。ダービーのころには内、外の差はなく、とてもではないが追い込みなど利かないコンディション。スタミナを失わないためには、いかにコースロスを防ぐかがテーマだったろう。皐月賞と同じ1番枠を引いたロジユニヴァースは、馬群にもまれる危険もあるこの枠順は必ずしも有利ではないと思えたが、予想外の不良馬場。ラチ沿いを通って先行の決断がつき、最後までぴったり2400mを走ったのはこの馬だけ。結果、今度の1番枠は幸運の枠順に転じていた。
レース後の萩原調教師のコメントや、横山典弘騎手の「本当は決して自信の持てるデキではなかった」が物語るように、皐月賞を14着に沈んだロジユニヴァース陣営は思わぬ凡走に落胆すると同時に、逆に思い切った作戦をも取れる挑戦者に戻っていた。関わるスタッフの懸命な立て直しもそれは見事だったが、オーナーを筆頭とする陣営から皐月賞前の気負いが消えたとき、幸運(天の味方)が戻ってきたのかもしれない。
道中はリーチザクラウン(武豊騎手)のペースに合わせるように、少し離れて射程に入れつつのマイペース。リーチザクラウンを捕らえてかわすことができれば…の形は、12月のラジオNIKKEI杯と同じであり、今回もそのときと同じ4馬身差。
あの内容が評価のベースになって皐月賞で1〜2番人気になったロジユニヴァースとリーチザクラウンは、皐月賞でそろって14着、13着に沈み、少し評価のさがったダービーでともに巻き返して大逆転の1〜2着。これには体調とかレースの流れとかも関係するが、それにしても不思議なライバル関係が成立したものだ。
この2頭の1〜2着が象徴するように、今回のダービーで求められたものは「1分58秒7」の快時計で決着した皐月賞のそれとは著しく異なっていたのだろう。ダービー組が「13〜14着」だった2000mの皐月賞で上位1〜3着を占めたアンライバルド、トライアンフマーチ、セイウンワンダーは、たまたまの偶然もあるが今回まったく逆の「12〜14着」に沈んでしまった。
ここまでそろって同じような着順になったのは、あくまで偶然としても、皐月賞が1分58秒台の高速決着になったときの連対馬は「ノーリーズン=タイガーカフェ、ダイワメジャー=コスモバルク、そしてアンライバルド=トライアンフマーチ」。ダービーではここまで1頭も好走していないことになる。求められるものが違っていたというより、皐月賞を1分58秒台はおそらく3歳春の時点で能力の限界だろう。限界点(極限)の能力を未完成な3歳春の時点で爆発させてしまった馬が苦しくなるのは、以前から指摘されていたことでもあり、馬場状態だけがアンライバルドの敗因ではない可能性は残る。
レース直前(馬場入場後)に激しく高揚してしまい、巧みに折り合ったNHKマイルCとは一転、行くだけ行った形になったジョーカプチーノも、信じがたくタフな馬で疲れなど微塵もなく絶好調かと思えたが、同馬は東京1600mを驚異の1分32秒4(キングカメハメハの記録をしのぐ)で激走したばかりの馬だった。こちらも大凡走の原因は距離や馬場状態だけではない可能性も否定できない。
歴史に残る厳しいコンディションで行われた今年のダービー。快走したロジユニヴァース以下は、もちろん改めて高い総合力を示したことを絶賛されていい。一方、運悪く馬場に恵まれなかったアンライバルドを筆頭のスピードあふれるグループ(とくに差し馬)は、これで評価が大きく下がるというものでもない。別路線から挑戦の形になったアプレザンレーヴ、マッハヴェロシティもこの内容なら、大きく明暗を分けたトップグループとほとんど能力差は認められない位置にいると考えていい。