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廃業する同業者

  • 2003年03月24日(月) 11時42分
 出産が徐々にピークを迎えつつある一方で、確実に廃業する同業者も増えている。先日、たまたま通りかかった道端から見える知人の牧場の厩舎の扉が閉められたままになっていた。暖かい日の昼下がりのこと。普通ならば馬が放牧されていなければならない時間帯である。

 「あれっ」と思い、どこかに出かけていて馬を収容したままになっているのかとも考えてみたのだが、やはり気になったので別の知人に後日それとなく尋ねたところ「廃業したらしい」との返事が返ってきた。

 彼のところに限らず、ここ数年は極端に経営状態の悪化している牧場が目立つ。そして、「これ以上は続けられない」との結論に達した時、廃業の道を選択するのである。

 この知人の牧場も、例外なくこのところ自己所有馬の販売に苦慮していた。昨年末になっても、「まだ1歳馬が3頭も残っているらしい」との噂があった。わずか4頭か5頭の中の3頭である。売れている馬も、正確に言うと「行き先が決定している馬」と表現する方が正しい。つまり、子分けか預託の条件で預っている繁殖牝馬の産駒だけが、辛うじて引き取られる予定になっていただけのようだった。勝負をかけた自己馬がことごとく売れ残っていたことになる。

 ここ浦河の場合、軽種馬生産業を営む牧場の多くは、家族労働中心のしかも「専業」である。つまり、収入のほとんどを、生産馬の販売代金だけに頼る経営なのだ。それが、ひとたび予定通りの価格で売れなくなると途端に収入計画が狂う。一方で過去に多額の負債を抱えてしまっている牧場が多いので、負債の償還どころか、その年の必要経費すら捻出できない状態に陥る。

 出費の大きな部分を占めるのは「種付け料」だが、経営収支の内容が良くない牧場には、当然のことながら金融機関(主として農協)が融資を渋るようになる。その結果、配合種牡馬のレベルを下げなければ経営が成り立たなくなる。しかし、種牡馬のレベルを低下させると、その分だけ確実に生産した産駒は売りにくくなる。そしてますます経営は悪化するという構図である。

 別の牧場の生産馬(2歳、牡馬)が最近ようやく売れたというニュースを聞いて「それは良かった」と喜んだのも束の間、価格は100万円だったという。しかも、調教中の馬だ。因みにこの馬の種付け料は80万円。だが、むしろ生産者は食肉に出さずに済んだことでこの価格でも競走馬として販売できたことに安堵さえしているとか。

 これは牡馬だったからこそ、売れたのだ、とある知人は顔を曇らせる。この知人の牧場には牝馬の2歳がまだ残っている。初期調教も始めているものの、今のところ売れる目途は立っていない。「トレーニングセール?そうだね、申し込み金を10万も払って出しても、売れるかい?」と、至って懐疑的である。

 言うまでもないことだが、これらはみんなサラブレッドの話だ。いつもならば、出産と種付けが春のシーズンの主要な仕事として私たちに課せられるのだが、今年は「もう種付けをしないで廃業するかな?」などと口にする生産者も少なくない。

 春のクラシック戦線が間近に迫って来ている一方で、生産地の不況は更に厳しさを増しているのである。

 「かなり牝馬の間引きもあるだろうなぁ」とは、某種馬場に勤務する友人の台詞だ。産駒誕生後の種付け料支払という条件の種牡馬の場合、採算の合わない牝馬が生まれたらその場で「処分」してしまう例が今までにもあった。それが今年は急増するだろう、というのである。何ともやり切れない話だが、紛れもなくこれもまた生産地の実情である。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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