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出産ピークを迎える

  • 2003年03月31日(月) 13時08分
 3月から4月にかけてのおおよそ二ヶ月間が日高における出産のピークである。私の牧場でもすでに二頭が出産を済ませ、あと残るのは四頭。しばらくは監視カメラとの「睨めっこ」が続く。

 私の牧場の監視カメラ歴?は古い。家庭用VTRが普及する以前から、業務用のカメラを使用していた。昭和40年代の終わり頃からだから、かれこれ30年近いのではないだろうか。

 というのも、その数年前に手痛い失敗をしたからである。それまでは厩舎に父親が寝泊まりして出産に備えていたのだが、たまたまぐっすりと寝入ってしまい、気付いた時にはその馬の出産が終っていたという。しかし、生まれた産駒は、管骨を母馬に踏まれてぽっきりと「骨折」していたそうだ。その後しばらく寝起きを介助してやりながら何とか助けようと努力したものの、ついに薬殺せざるを得なかった苦い思い出である。

 馬のまだ少なかった時代のこと。そして、牝馬とはいえ、姉がオークス馬という繁殖牝馬から生まれたソロナウェー(ダービー馬テイトオーなどの父)の子だったので競走馬では無理でも、繁殖牝馬としてなら何とか使えるのではないか、と考えたと後日聞いたことがある。

 それから、思い切ってテレビカメラを導入したのだそうだ。

 テレビカメラの最大の利点は、住宅の居間にいながら、家族全員で監視できるということだ。現在は、普通の牧場でもだいたい複数のカメラを設置して、出産予定日が重なるようなケースにも対応できる体制になっている。頭数がそれなりに多いところでは、カメラとモニターを三組や四組揃えているところも珍しくない。

 通常は繁殖牝馬の乳首の先端に「ヤニ」と呼ばれる白い初乳が凝固してくるので、出産が近づいていることが分かる。後は、発汗や挙動などから分娩するかどうかを判断するのである。

 通常分娩ならば、必要最低限の介助をして終りとなる。初乳を飲ませたり、浣腸(胎便を出すために)をしたりした後は、テレビカメラで監視しているだけで様子が分かるのだ。これほど便利なものが他にあるだろうか、と最初は誰でも感動するのである。

 ところで、急速にテレビカメラが普及し始めた結果、様々な「問題」も生じるようになった。私の牧場はケーブルを使用しているのだが、一時、UHF電波を使って、無線で映像と音声を飛ばす方法が流行したことがある。発信機の方向によってはその結果、隣の牧場の「画像」まで映ってしまうという弊害が起きるようになったのである。

 友人の牧場で実際にそれを「目撃」したことがある。「いいもの見せてやる」と言いながら、友人がテレビのスイッチを入れると、ちょうど友人宅の隣で、出産が始まったところだった。覗くつもりはないのだが、周波数をちょっと変えるだけでたまたま「映ってしまった」のだという。

 これには驚いた。居ながらにして、隣の牧場の神聖で厳粛な出産シーンを見学できるのだ。しかも、音声つき。うっかり厩舎の中で隣人の悪口も言えないと、ぞっとしてしまった。比較的狭い面積の小規模な牧場が多い日高では、おそらくまだこんな例が他にも結構あるものと思われる。

 この友人宅でこれを目撃したのはかれこれ十年前のこと。その後、どうなっただろう。隣人はこの「盗撮」に気付いただろうか。

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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