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『世界の角居』と、名牝シーザリオ&ウオッカの子供たち

  • 2012年11月13日(火) 18時00分
 ただいまレース白熱。ここから7週連続でG1競走が組み込まれていますよね。レースからいろんなドラマが生まれ、目が離せないのが競馬の醍醐味ですね。

 この時期G1競走を楽しみながら、紅葉も楽しめ、秋を満喫できるのも魅力です。現役の時、出走前の輪乗りをしている時に「山が色づききれいやな〜。競馬も盛り上がってワクワクするな」と、よく話していたんですよ。

 盛り上がりといえば、2001年に開業し、当初から「世界に挑戦できる馬と人を作りたい」という思いで、積極的にどんどん管理馬で海外遠征し、チャレンジャーとして活躍している角居先生に角居流の馬作りを聞いてきました。

『世界の角居』こと角居勝彦調教師

『世界の角居』こと角居勝彦調教師

常石 :2011年、ドバイワールドカップを、日本馬としてヴィクトワールピサ号で初制覇を成し遂げた時は、すごいなぁと思いました。他にも海外でいっぱい優勝されていますよね。その思いは?

角居 :(ヴィクトワールピサは)有馬記念を勝って、ドバイワールドカップへ行くことになったんです。ドバイでは、スタートがあまりよくなかったので、考える余裕はなかったですね。「これでいいのか?」とか「これでいいんだ」とか。

 最後の直線でトランセンドと日本馬2頭で抜け出した時は、「ヨッシャー! いけー!」と気がつけば大声で叫んでいました。闘志を前面に出せるようになって来ていたので、気を抜かずに力比べのレースになって、ありったけの力をぶっつけることができ嬉しかったです。馬の力とスタッフの力と皆さんの思いが一体になった瞬間です。日本馬のワンツーフィニッシュは最高に幸せでした。

 日本は、東北の大きな震災でグチャグチャになっていましたからね。「チームジャパン」を掲げ喪章をつけて臨みました。少しでも日本の復活のパワーにつなげたい思いでした。デムーロ騎手が日の丸を体に巻き、ウイニングランをしてくれた時は幸せ感を味わい、外国の方が演奏してくれる君が代が流れた時も感無量でしたね。日本に勇気を持って帰ることができると信じました。実際には何もできていないのが残念ですが。

常石 :道中最後方から一気にまくっていき、ラスト200mで先頭になって押し切りましたよね。気がつけばトランセンドもきっちり2着にきてびっくりしました。大きな元気と、こつこつやれば出来るんだという勇気をもらいましたよ。ファンの方も喜んでくれましたね。いつも外国で挑戦するには、大きなリスクがあるんですよね。特にドバイへは飛行時間が長いので、苦労があったと聞いていますが?

角居 :昔は、何十時間もかかっていましたが、いろいろ下調べをしたり、輸送について交渉し、15時間くらいでいけるようになりました。途中、給油や点検のために止まる空港でも、換気やエアコンが直接馬にあたらないように工夫や調節をしてくれるようになったので、馬の疲労度も少なくなりましたね。

 昔は大変だったんですよ。乗り継ぎの時、何十時間も機内で閉じ込められたままだったので、輸送でげっそり体重が減ってしまうこともあり、万全の状態でレースに臨むことができなかったんです。

 馬場も外国と日本とではまったく違うので、馬がびっくりするんです。実際に歩いて馬場を確かめたり、調教の期間をたっぷり取ったりしています。

 それに経験も大事ですね。馬もですが、世話をする人間も食事や生活に慣れずに体調を崩すことも多かったのですが、自分の中で輸送のマニュアルができ、分かるようになってきましたね。遠征の時の、経験豊富なマネージメントができる人脈が、大きな財産です。

 今回、凱旋門賞にオルフェーヴルが挑戦しましたが、フランスで日本人の小林調教師が開業され、装蹄の問題から住居の問題、調教師のリクエストに応えてくれたり、厩舎を貸してくれたり、いろいろな面でサポートしてくれたのが大きいな人脈でしょうね。コミュニケーションが難しいのですが、フランスのドクターとか競馬界との連携もうまくいくようになりましたね。凱旋門賞への門が広くなったと思います。うちの厩舎も、是非挑戦したいと思っています。

常石 :楽しみですね。オーストラリアやアメリカ、香港などへチャレンジし、優勝を何度も経験されていますが、角居先生はどうして世界を目指そうと思われたんですか?

角居調教師自ら調教に騎乗

角居調教師自ら調教に騎乗

「スタッフの邪魔にならないように」

「スタッフの邪魔にならないように」

角居 :いい馬がいて、いい人材がいたからこそ、世界に挑戦できたんですよ。競馬はヨーロッパから始まったでしょう。オリンピックのように日本だけじゃなく世界にチャレンジして、いい馬を作り続けていくのが僕たちの役割だと思っています。

 人や馬の状態が一番いいところを見つけ出すことに専念していますね。厩舎って開業した時はスッタフを自分で選べないんですよね。だからまず、人を知ること。そして馬を知ること。そこでどの馬と合うのか、どんな仕事が向いているのかによって、個々の持っている力を100%出せるようにと、いつも考えているんですがね。馬に乗るのも好きですよ。馬とスタッフの邪魔にならないように乗るように気をつけています(ハッハッハ)。あとの仕事は苦手なので、何にもやってませんね(笑)。

 特に調教師のスタイルはないんですよね。でも、調教助手時代に学んだ中尾謙太郎先生は「人の輪を大切にする」とか、松田国英先生もやっぱりチームワークの大切さや、G1へ向かっていく上での馬作りの厳しい仕上げ、集団調教、「休ませつつ、鍛え、強くしていく」などを教えていただき、今の厩舎のベースになっています。調教師の試験に合格してから見習い調教師の時、藤沢和雄厩舎と森秀行厩舎で勉強させていただき、そこで学んだこともベースになって、いいところをいっぱいもらっています。

 調教師という仕事はとっても難しいと聞いていたんですが、松田先生から「挑戦してみたらいいんじゃないの」と一言があって、試験を受けるようになりました。受験とか試験の嫌いな僕が受けて合格なんて、信じられなかったですね(笑)。

常石 :そうでしたね。僕が現役の時中尾謙太郎厩舎にも出入りさせてもらっていたので、角居先生にはあの時からずっとお世話になっていますね。ありがとうございます。

角居 :しんどいこともあったけど、競馬談義とか…? して、面白かったね。

常石 :はい。懐かしいです。先生はこの世界に入られたきっかけは、お父さんから逃げ出すためとか? 聞いたことあるんですが本当ですか?

角居 :痛いとこ突いてくるね(笑)。大学受験に失敗し、厳しい親父から逃げてきたんですよ。

常石 :本当だったんですか(笑)? 今の僕と同じですね。失敗が多いので、オカンに叱られてるんですよ。

角居 :がんばれ!! がんばれるから。逃げ出す機会もあるからね(爆笑)。今になって、厳しい親を持ったことがありがたいと思うようになりましたよ。

 まあ、競馬のことはまったくの素人でしたね。馬に触るのも厩舎作業も初めてのことだったので、とっても新鮮だったけど、馬の仕事は厳しかったです。

 牧場で働いていたんですが、牧場とトレーニングセンターでは何が違うのか? レースは戦いで戦場なので、気が荒いと牧場に帰ってくる。どうしても強い馬同士でかけ合わせられているので、そんな競走馬を見たくなって、競馬学校の厩務員課程に入ってそこを卒業し、栗東トレセンに来たのが今につながっているんですね。

ウオッカと担当の中田厩務員

ウオッカと担当の中田厩務員

常石 :2001年の開業以来、ダービー馬ウオッカやアメリカンオークスを制したシーザリオ、先ほどのヴィクトワールピサなどで、多くの実績を挙げていますが、一番勉強になった馬はありますか?

角居 :シーザリオが最初の世界挑戦だったんですが、ウオッカも何度か挑戦しましたが勝てなくて。血統が高くなればなるほど難しいし、高いレベルで勉強させてもらっています。

 勝てない馬の方が、「なんで力を出せなかったのか?」「人の手じゃなかったのか?」という思いで考えるので、結果を出せなかった馬の方が、悩んだり勉強させられたことが多いかも知れませんね。

常石 :2歳馬で楽しみな馬はありますか?

角居 :血統馬も多く入ってるので、楽しみですが、まずは勝ってホッとするんですがね。大きなステージに立たせてあげたいと思っています。この間新馬勝ちしたシーザリオの仔エピファネイアが楽しみな1頭です。海外遠征に初めて挑戦した馬の仔ですからね。

常石 :エピファネイアが勝ったレース、菊花賞の日の芝1800mは、後に活躍馬が多く出ていることから「伝説の新馬戦」と呼ばれていますよね。すごいです。先が楽しみです。ウオッカの子供はいつごろ入厩の予定ですか?

角居 :10月31日に無事に成田について、11月中旬には北海道の牧場へ。そこで暫く過ごしてから入厩予定ですね。イギリスでは、丁寧に馴致されていましたよ。

常石 :やっぱり馴致は海外が優秀ですか?

角居 :日本の馴致のレベルは、世界に近づいてきています。日本人の質の高さは素晴らしいし、海外に出て初めて気づきますよね。働く人のレベルが高いです。とっても真面目で勤勉だし、仕事も丁寧ですね。

「馬のことを知っていただきたい」

「馬のことを知っていただきたい」

常石 :先生の夢は大きく広がっていると思いますが?

角居 :馬がさまざまな世界で役立っていく仕事をしていきたいと思う。今は競馬しか接点がないんですが、もっともっと馬のことを知っていただきたいなと思って、競走馬になれなかった馬を障害者乗馬に育てたいという思いで「サンクスホースデイズ」というイベントの実行委員としていろいろ企画しました。

 馬をもっと身近に感じてもらい、障害を持つ人たちでも馬に触れることができる。馬の持つ優しさが、ホースセラピーとして乗馬療育につながっていくことができる。今年の夏は北海道浦河町で開催し、90歳のおじいちゃんから重い障害を持つ子供たちも触れ合うことができました。地味な活動ですが、この企画ももう4回目なので、定着してくれればいいなと思う。馬を扱うにはお金もかかってきます。乗馬を作るには沢山の人もいります。理解され手伝ってくれることを願っています。

 11月23日(祝・金)、22日は前夜祭、神戸のしあわせの村で開催します。三宮からバスで30分くらいです。馬にありがとうが伝わればいいなと思います。

常石 :僕にも是非お手伝いさせてください。角居スタッフグッズで頑張ります。今日は貴重なお話をありがとうございました。ウオッカの子供見せてくださいね。

角居 :頼もしいな。よろしくお願いします。

 日本馬が世界で活躍する日が近いことを予感しました。常石勝義ことつねかつでした。[取材:常石勝義/栗東]

◆次回予告
11月24日(土)と25日(日)に東京競馬場で行われる第26回ワールドスーパージョッキーズシリーズ。次回の「競馬の職人」では、地方競馬代表として出場する佐賀の山口勲騎手にフォーカス。知られざる名手の素顔に、赤見千尋さんがぐいぐい迫ります! 公開は11/20(火)18時、お楽しみに。

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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