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終わりからの始まりへ!福山競馬最後の日

  • 2013年04月09日(火) 18時00分
 3月24日、広島県にある福山競馬場が、63年の歴史に幕を下ろしました。最終日当日は開門前からたくさんのファンが列を作り、最終的な入場人員は1万人を突破!多くの人々が、福山の廃止を惜しみました。関係者、ファン、主催者、そして馬たち…。さまざまな想いが交差した、福山競馬最後の日をリポートします。

 第1レースのファンファーレが鳴り響き、最終日のレースが始まった。勢いよく飛び出したエムエスガンバと松井伸也騎手が、一度も先頭を譲ることなくゴールする。普段なら、これで1レースが終わるけれど…この日は違っていた。

場内から“さぶちゃん”コールが起こった

場内から“さぶちゃん”コールが起こった

 最後方でゴールしたマカオと藤本三郎騎手が、スタンド前に戻って来て、ステッキを投げたのだ。意表を突いた行動に、その場にいたファンは一瞬驚いたけれど、その後はステッキの争奪戦。検量に戻って来た藤本騎手は、「全部のレースでステッキ投げるよ。今日はそのつもりやったから」と、照れ臭そうに笑った。デビューから28年。さぶちゃんの愛称で親しまれてきた大ベテランは、この日騎手を引退する。騎乗した5レースすべてでファンにステッキをプレゼントし、「最後は気持ちよう乗れた!」と、晴れ晴れとした表情で馬から下りた。

 第2レースは、激しい追い比べを制してハンガンボンズと佐原秀泰騎手が勝利した。先頭でゴール板を駆け抜けると、そのまま止まらずにもう1周流してスタンド前をウィニングラン。場内から大きな拍手が送られた。藤本騎手、そして佐原騎手の行動をキッカケに、その後のレースでもゴール後にスタンド前まで戻る人馬が続出。周藤直樹騎手は、自身の引退レースとなった第10レース後、馬の上から大きな声で、「ありがとうございました!」とスタンドに向かって頭を下げた。普段なら、公正確保の問題上、コース内からファンとコミュニケーションを取ることは許されていない。それでもこの日は、「少しでも、ファンの方々に気持ちを伝えたい」というジョッキーたちの熱い想いが、行動となって現れていた。

 関係者が、ファンに感謝の気持ちを伝えたいと願っている一方で、ただただ無事に一日を終わらせたいと願っている人たちもいた。1万人以上のファンが集まり、最終日ということで気持ちが高ぶっている以上、主催者側の冷静な対応や安全対策は重要なことだと思う。でも、コース側のフェンスから、さらに内側に仕切りを立ててファンを遠ざけたり、最終レースが終了するまでジョッキーの取材をしないで欲しいというマスコミ対応など、最後の最後まで、現場の気持ちを無視した動きも見られた。ファンからの意見や、現場の人たちが頑張ってくれて改善された部分もあったけれど。ここまで来てもまだ、大事なことがわからないのか…。愕然としたのは、わたしだけではなかったと思う。

 最終レースは、第12レースに組まれたファイナルグランプリ。ファン投票が行われ、第1位になったのは、長年福山で活躍して来た8歳のクラマテングだった。2歳の終わりに福山にやって来て、35勝(重賞11勝)を挙げた福山のトップホース。しかし、昨年の後半から体調を崩し、ここ最近は全盛期の輝きを失っていた。コンビを組む嬉勝則騎手は、ファン投票1位と聞いて驚いたそう。

クラマテングと嬉勝則騎手

クラマテングと嬉勝則騎手

「まさか1位になるとは思わなかったよ。最近は前みたいに走れないから。それでも1位にしてくれるなんて…本当に愛されてる馬だね。ファンの方たちの気持ちに応えられるよう、最後は精一杯頑張ります!」。

 嬉騎手にとっても、長年コンビを組んだクラマテングは想い入れの強い1頭だという。ファンの気持ちと自身の想いを乗せて、最後のレースへ向かった。

 最終レースのファンファーレが鳴り、枠入りが始まる。次々に出走馬たちがゲートインして、大外枠のグラスヴィクターを残すのみとなった。これで本当に最後なのか…。終わってしまう悲しさと、まだ全く実感が沸かない虚しさが交差する。

 グラスヴィクターが枠入りを拒否した。鞍上の佐原騎手に促されても、立ち止って反抗している。なんだか、気持ちを代弁してくれているようだった。このまま、入らなければいいのに…。最後のレースなんて、スタートしなければいいのに…。しばらく反抗した後、グラスヴィクターがゲートイン。最後のレースがスタートした。

最後のレースを勝ったビーボタンダッシュ

最後のレースを勝ったビーボタンダッシュ

 クラマテングが押して押してハナを主張したけれど、外からホッカイキコチャンが譲らず先頭に立った。クラマテングは2番手、1番人気のビーボタンダッシュが3番手に続く。実況の中島アナウンサーは、各馬の位置取りを一通り伝えると、「さらにその後方でありますが、片桐正雪、下村瑠衣、周藤直樹、藤本三郎、松井伸也、渡辺博文、最後のレースを見守る福山のジョッキーたちの姿が、確かに、確かにそこにあります」と、最終レースに騎乗のなかった騎手たちの名前も告げた。

 レースは2周目に入り、クラマテングは失速。逃げるホッカイキコチャンと、追うビーボタンダッシュの一騎打ちとなった。激しい追い比べを制した三村展久騎手は、ビーボタンダッシュの背中で力強くガッツポーズ。場内からは歓声が巻き起こった。そして、先頭から大きく遅れて最後方でゴール板を通過したクラマテングにも、ファンから惜しみない拍手が送られた。競馬において、後方でゴールした馬が称えられることはない。でもこの日は、力を振り絞ってフラフラになりながらもゴールしたクラマテングに、勝者と同じく大きな拍手が送られたのだった。

騎手一人一人がファンへ挨拶

騎手一人一人がファンへ挨拶

 廃止決定を下した羽田市長は、最終レースの直前に、たくさんの警官を引き連れて競馬場入りした。ファンに向けた挨拶では、後ろに立っていた関係者たちに対する言葉は発せられなかった。廃止の時にいつも思う。もう少し、現場の声が届いていてもいいんじゃないかと。もちろん、市長側にはれっきとした言い分があるだろうし、経営が難しいことも事実。わたしは競馬の現場側に立っているので、見えていないこともあると思う。それでももう少し、意思の疎通が出来ていれば…。荒尾の時も福山も、廃止の日にしか競馬場で市長を見ていない。高崎の時は最終日さえも知事は来なかった。現場を見ないで、何が決められるんだろうと思ってしまう。

 この日、来賓席にはJRAや南関東の厩務員会を代表する人たちが来ていた。廃止になる競馬場の関係者が、どんな想いで最終日を迎えるのか。たくさんのファンが、どんな表情で見守るのか。「他人事じゃないから」と、廃止という現実をそれぞれの目に焼き付けていた。現場レベルでは、もう地方も中央もない。みんなが危機感を持って、大好きな競馬を失くさないために頑張っている。残念ながら、福山ではその努力は実らなかったけれど…。でも、努力したことは決して無駄じゃない。

のどかな景色だった福山競馬場のゴール前

のどかな景色だった福山競馬場のゴール前

 4月1日、名古屋に移籍した山田祥雄騎手が、第1レースで初騎乗初勝利を収めた。6日には高知で下村瑠衣騎手が再デビューを果たし、7日には大井で三村展久騎手と楢崎功祐騎手が騎乗を開始。8日には“福山の怪物”と呼ばれたカイロスが、楢崎騎手を背に大井で3歳特別戦(マーガレット特別)を快勝した。福山競馬は失くなってしまったけれど…立ち止ってはいられない。ここからまた、新しい歴史が始まるのだから。

◆次回予告
次回の「競馬の職人」は、引き続き赤見千尋さんが美浦からレポート。競馬界の旬なネタをお届けします。公開は4/16(火)18時、お楽しみに。

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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